この20年の日本のサッカーの指導法は、果たして正しかったのだろうか。突き詰めるべき点が違っていたのではないだろうか。いくら勤勉さが持ち味の日本選手とはいえ、効率があまりにも悪過ぎる。ゴールのないサッカーは、恐ろしく時給の低いアルバイトを強いられているようだ。

5月から6月にかけ、韓国ではU-20(20歳以下)ワールドカップ(W杯)、フランスではトゥーロン国際大会が開催された。出場したU-20(1997年1月1日以降生まれ)とU-19(1998年1月1日以降の生まれ)の日本代表は、これまで以上に特別な注目を集めている。基本23歳以下で争われる3年後の東京五輪サッカー代表の中心になる世代だからだ。違う大会を見ながらも、日本代表から受けた印象はまったく同じだった。それは日本のサッカーが目指しているものが、良しあしはともかく、統一されているということだろう。すべての選手がサボることなく勤勉に動き、組織的にボールを支配していく。もし判定勝ちがあるならば、決定機をつくり出した回数の差で勝つ展開の試合だ。ところが、日本は勝てる試合を日常的にスリリングにする。まさかの敗戦や引き分け試合にしてしまう。すべては決めるところでゴールを決めなかった「つけ」といえる。

10年ぶりに出場したU-20W杯で、日本がベスト16で対戦したのはベネズエラ。試合は客観的に見てベネズエラに分がある感じだった。ただ実力差はあってもサッカーの場合、勝てそうな試合というものがある。この一戦はそういう試合だった。押されながらも、チャンスという意味では確実に日本の方が多かった。前半29分のバーを直撃した堂安律の直接FK。後半12分の高木彰人のシュート。終盤の中山雄太のヘディングなど。しかし、工業技術などでは信じられないほどの緻密さを誇るのに、サッカーのシュートになると大ざっぱだ。これはシュートの一瞬に最大の集中力を注ぐ強豪国との大きな違いだ。チャンスで外し続ければ、流れは相手にいく。案の定、延長後半の3分、CKからエレイラに決勝点を奪われた。お得意の「良い内容」での0-1の敗戦だ。五輪を目指すチームは、国際舞台での貴重な真剣勝負の場をここで手放した。

勝てる試合を落としたという意味では親善試合とはいえ、トゥーロン国際大会のU-19日本代表は、もっとひどかった。実力で大きく劣るチームを相手に2分け1敗で1次リーグ敗退。内容と結果の差がありすぎて、ある意味で衝撃的だった。40分ハーフで行われる大会規定。第1戦のキューバ、第2戦のアンゴラの2試合ともに日本は、圧倒的に攻めまくった。そして先制点を奪うまでは良いのだが、2点目を奪わないから問題が発生する。相手は、実力ではかなわないと思う格上にも点差が最少ならば、まだやる気を失わない。2試合ともに1-1の引き分け。日本が相手にワンチャンスを与えたのはキューバ戦が後半32分、アンゴラ戦が後半終了間際の40分。勝ち点をまるで閉店間際の安売りのように気前よく与えてしまった。

わずかに決勝トーナメント進出の可能性を残す第3戦のイングランド戦。既に1次リーグ突破を決めていたイングランドは、控え選手で臨んできた。当然のように、この試合でも日本は攻め続けた。シュート数は、日本が15本以上、イングランドはわずかに3本。ところがスコアは、信じられないが1-2。日本は相手に2本のPKを与えたのだ。何とも表現のしようがない結末だ。

近年の日本選手は、平均的にボールを扱うのが器用だ。しかし、本当の意味での「うまい」とは、プレッシャーのかかる試合の中で使える技術を持っているかということ。その観点では、日本選手はかなり「下手」な部類に入ってしまうのではないか。ことシュートに関しては。Jリーグ創設当初ぐらいまでの日本代表は、実力差のある相手には大量点を取る試合がよくあった。シュートに特化した選手がいたからだ。ところが近年はフル代表の試合でも、ゴールラッシュの場面はほとんどない。欧州でレギュラーとしてプレーする選手が数多くいるということは、選手の質が上がっているということなのだろうが、シュートの精度に関しては進歩していないのではないのか。

「内容では勝っていた」。負けた日本チームから、よく聞かれる言葉だ。だが、内容の前に勝つ日本チームが見たい。その意味でシュートに対しての厳しい要求を、すべての関係者が持つべきだろう。今のままでは東京五輪が危うい。現状での日本の持つアドバンテージは、外国人には信じがたい首都圏の酷暑だけだ。

岩崎 龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2014年ブラジル大会で6大会連続。