陸上の関東学生対校選手権が5月25日から28日まで横浜市の日産スタジアムで行われた。

昨年のリオデジャネイロ五輪男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した桐生祥秀(東洋大)が100メートルで9秒台をマークすることを想定し、記者は3人と手厚い取材態勢。夢の実現はならなかったが、かつて彼を取材してきた私としては、久しぶりに間近で見る勇姿に成長を実感した。

ピンクと紺のユニホームに丸刈りの印象が強く残っていたが、伸びた髪をきれいにセットしておしゃれなアクセサリーを身につけた外見に、「大人になったなー」としみじみと感じた。

取材対応も以前より自分のペースでしているようになった気がするし、思いをうまく言葉にできているように聞こえた。

京都・洛南高校で桐生を指導した柴田博之監督は「大人になってきたということ。今まで陸上という非常に狭い囲いにいた。別の世界を知るのは当たり前。トータルで成長している。今年の囲み(取材)での態度も堂々としている。悪くてもニコっとできる、余裕が感じられる」と話した。大学生活を通してアスリートとしての幅を広げたのだという。

4年前の2013年4月の織田記念国際で日本歴代2位の10秒01を出した時、私は会場にいた。

その時も9秒台が出るのではという期待が大会前から高まっていたが、当時期待の目が向けられていたのは山県亮太や飯塚翔太らだった。

入社3年目の私は先輩記者に指示されてレースの動画を撮っていた。飯塚を中心に撮っていると、隣を走る桐生がぐんぐんと突き放していった。想定外の事態に対応できず、カメラを桐生に向けた時にはすでにゴールし、次の瞬間出たタイムを見て会場全体がどよめいた。

前年に100メートルのユース世界最高記録(当時)の10秒19を出して有望株として注目は集め始めていたが、日本記録にわずか0秒01差をいきなり予選で出すとは…。衝撃的な光景だった。

桐生は京都の高校に通っていたため、当時大阪支社で陸上担当だった私が織田記念以降の大会を全てカバーすることになった。

9秒台まであと0秒02だからすぐに出すだろう。そんな素人の安直な考えでいた。きっと私だけでなく、集まった多くのマスコミもそう思っていたはずだ。しかし、なかなか記録が出ない。レース後に毎回9秒台の話を振る私たちに対して嫌な顔はしなかったものの、きっと内心はもうこれ以上聞かないでほしいと思っていただろう。

記者としてはその質問をしない訳にはいかないが、高校3年生にとてつもない重圧をかけているのではと、葛藤していたというのが正直なところだ。

高校卒業を見届けてからは東洋大に進学したため、東京本社の陸上記者がカバーすることになった。

最近東京に戻った私には、今回の関東学生対校選手権は久しぶりにレースをじっくり見て取材もできる機会だった。ずっと彼がこの先重圧とどう向き合っていくのか心配だった。

昨年の日本選手権ではインタビューで珍しく号泣していたが、一つ一つの経験で競技者としても人間としても成長している。

低迷していた男子短距離がここまで世間に注目されるようになったのは、桐生の10秒01があったから。ぜひ日本人初の9秒台をマークすることを願っている。

星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。16年12月から本社勤務。アイスホッケーなどを担当。1986年生まれ。東京都出身。