「絶対」という言葉を軽々しく使ってはいけない。若い頃にそうたしなめられたことがあった。世の中には100パーセントの確実というものが少なく、不安定な要素が多いということだろう。しかし、これだけは絶対だと言い切れることがある。プロスポーツのチームや選手は、日常的によく練習をしているということだ。特に日本選手は真面目で、よく練習をする。ただし、その効果が必ずしも試合に反映されるとは限らない。場合によっては「このチームは、普段本当に練習をしているのだろうか」と疑問を持ってしまう。

5月20日のJ1第12節、横浜M対仙台。対極のチームの対戦だった。観客の目に、日常の練習がまったく見えないチームと、目指すものが理解できるチームが戦っていると映ったのではないのか。「守備は組織、攻撃は個人のアイデア」。日本ではよくそう言われるが、果たしてそうだろうか。それはより難しい攻撃を指導できない人物が、自分に都合よく発した言葉なのではないのか。現実には攻撃もグループとしてパターン化されていなければ、組織で網をかける守備を簡単に突破することはできない。キラ星の名手を集める欧州のビッグクラブでさえ、攻撃は日常の練習で組み上げられた約束事がほとんどだ。

その意味で20日の横浜Mの攻撃はひどかった。ドリブルで相手の守備の人数をはがしていく斎藤学が、仙台の大岩一貴に抑え込まれた。そうなるともう無策だ。攻撃の4人が前線に張りついたところに、深く引いた2ボランチの位置から限りなくアバウトな縦パスが送られる。前線とボランチの間の巨大に広がった空間でのボールタッチのないサッカーは、パスの距離も長くなる。そのために、中村俊輔級のキック精度がない限り、パスはギャンブルとなる。

横浜Mと比べると、仙台の攻撃は見ていても楽しいものだった。サイドからボールが入ると、ニアに入った選手がスルーして中央の選手がシュートを狙う。連動という言葉が頭に浮かぶ。これは即興でできるものでなく、幾度も練習で繰り返してきたからこそ可能になる。見ている者に対しても意図が伝われば、たとえそのプレーが得点に結びつかなかったとしても満足感を与えられるのだ。

立ち上がりからの展開は、仙台が一方的に主導権を握った。開始直後に左サイドの永戸勝也の折り返しを梁勇基、富田晋伍。前半9分に右サイドから攻撃参加した大岩が、これまた決定的なシュートを放つ。ただ、いずれもがDFの好ブロックや微妙なコースのずれで得点には至らない。ボクシングのように判定があったら大差がついていた試合だろう。だがサッカーは、決定機を逃し続ければ、次のチャンスは相手に移るのが常だ。

前半のアディショナルタイム。横浜Mはワンチャンスを生かした感じだ。右サイドのマルティノスの縦パス。斎藤の後方から走り出た前田直輝がそのまま抜け出し、GKとの1対1を制して予想外の先制点を奪った。それでも仙台の選手たちは、内容に手応えがあったのだろう。2シャドーの一角として前線で効果的な動きを見せ続けた奥埜博亮はリードを許しているにもかかわらず「落ち着いて焦らずにやれた」と振り返った。その奥埜が得た左CKから後半32分に1-1の同点ゴール。「マークが前半から外れていると思っていた」という大岩が、今シーズンの初ゴールをヘディングで決めた。

日常の練習を試合に反映し、意図を持った攻めで横浜Mを圧倒した。仙台の得た勝ち点は1ポイント。それが妥当だとは思わない。ただこのような結果は「絶対」がないサッカーでは、よく起こり得るのも事実だ。その中で一つだけ確実なのは、仙台の選手たちが自分たちの取り組んでいる方向性が間違いではないと思っていることだ。確信は試合後の渡辺晋監督の、数々の言葉にも表れていた。

「われわれが今年、粘り強くやってきたものを存分に披露することができた」「ボールの握り方、動かし方、意図的に作ったチャンス、どれをとっても今日は相手を上回っていた」「選手はおそらく、やっていて楽しかったと思います」

歯切れの良いコメントの数々。見方を変えれば勝ち点2を落としたともいえる状況でこれらの言葉を発せたのは、渡辺監督もかなりの手応えがあったのだろう。仙台はこの一戦で「絶対に」自信を手にしたはずだ。

岩崎 龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2014年ブラジル大会で6大会連続。