今シーズン、巨人から日本ハムに移籍した大田泰示外野手が目立つ活躍をしている。

5月4日のロッテ戦でチームの最下位脱出を決めるサヨナラ安打。12日のロッテ戦で今度は2本塁打。この試合で日本ハムは計7ホーマーしており、1950年に前身の東映時代に樹立した球団記録に67年ぶりに並んだが、大田はその口火を切る一発を放った。

▽チームの推進力

栗山英樹監督は「(大田の)ドラマ(性)、必死さ、それはチームにとって大事。感動がチームの推進力になる」と、低迷するチームを立て直す上でのキーマンの一人として新戦力の大田を挙げた。

大田は左脇腹痛で出遅れ規定打席数に足りていない。

5月15日現在、16試合で13安打3本塁打7打点、打率2割2分8厘。決していい成績とは言えないが、交換トレードでやって来た新天地でチャンスをつかもうとしている。

▽松井の後継者

大田は2008年のドラフト1位で巨人に入団。当時の原辰徳監督と同じ東海大相模高出身で、188センチの大型選手。その期待度は高く、将来のホームラン打者に育てる方針もあり与えられた背番号は「55」。そう、松井秀喜氏の後継者としてスポーツマスコミに持てはやされた。

しかし、練習でできることが試合でできない。巨人ブランドを加味した騒がれ方と球団の期待がプレッシャーに変わる。巨人での8年間では、わずか9本塁打だった。

▽実績を残せるか

「どんな形でもいいからヒットを打ちたい」という大田がロッテ戦2本目となる3号2ランは自身初めてとなる右方向への本塁打となった。

環境が変わったことで、持ち前の素質が一気に開花する可能性だってあるわけで、2軍で悶々としている多くの選手の励みとなるためにも、大田はこの好機を生かして実績を残すことだ。

▽野村再生工場

そんな大田を見ていて思い出したのが「野村再生工場」という懐かしい言葉だった。戦後初の三冠王で、捕手としてはメジャーにない快挙を達成したのが南海時代(現ソフトバンク)の野村克也氏。選手としてすごい成績を残したばかりでなく、指導者としても南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務め4度のリーグ優勝と3度の日本一になっている。

「シンキングベースボール」や「野村ID野球」などを通じて「考える野球」を選手に教えたという点で多くの“野村信者"をつくり出した。

▽再生第1号は江本

野球に対する造詣の深さを実践したの「野村再生工場」だった。

伸び悩む選手や素質を生かせない選手を、自らの手で一流選手に再生させたのである。

その第1号が江本孟紀氏。法大から入団した東映でくすぶり続け勝ち星なしの江本氏を南海4年間で52勝の投手にした。江本氏はその後、阪神のエースとして活躍した。

▽「革命を起こそう」

続いて巨人で4年間14勝の山内新一氏を5年間71勝の投手にした。極めつけは阪神のエースとして実績のある江夏豊氏を日本初のクローザーに仕立て直した。

今では抑え投手はどの球団にもいるが、当時救援投手はある意味、投手失格と同義語みたいなものだった。

先発完投を投手の勲章とする、一家言ある江夏氏を説得した時の決めぜりふが「球界に革命を起こそうや」だった。

もちろん、「野球の奥深さ」で意気投合した二人が何日も話し合った結果ではあるが、江夏氏が心酔する土方歳三を引き合いに出しながら「時代(プロ野球)を変えよう」と言い続けたのである。

▽さらに再生

投手ばかりではない。ヤクルトでは広島から獲得した小早川毅彦選手を、そして楽天では中日で本塁打王となったものの引退が噂されていたオリックスの山崎武司選手をつくり変え、2007年に39歳で40本打ち史上3人目のセ、パ両リーグ本塁打王を獲得させている。

山崎氏は「野村さんから投手の攻め方、それに対する読みなどを教えてもらい、こんな野球があるのかとびっくりさせられた」と述懐していた。

▽毎年100人以上がプロ入り

昨年はドラフト指名が計87人、育成ドラフトは8球団で28人。それぞれが希望に胸をふくらませ競争の激しい世界に飛び込んだ。

プロ入りして数年たつと実力差が見えてきて、退団を余儀なくされる選手も出てくる。

私の高校の後輩もそんな一人で、鈴木健選手と同期の高校出の選手として4年間西武に在籍したが、1軍には手が届かないまま退団し、球団のはからいで再就職した。

高校生としては目を見張る打撃力だったが、プロ入りには社会人野球などで鍛えられてからと思って見ていた。本人は電話口で「やるだけはやりました」と言っていたのが救いだった。

▽再挑戦の道を

1軍の前の壁を突破できない選手が多いのは間違いないが、一方で十分な活躍の場を与えられないまま2軍暮らしに不満を持つ選手がいるのも事実だろう。

2軍が1軍選手の調整の場として、その手伝いにかり出されるケースも多いという指摘は前からある。選手の言い分としては実戦の場が少なすぎるという声だ。

ロッテ時代のバレンタイン監督が2軍戦しかない現状に「米国のように複数のマイナーリーグの創設を」と訴えたのも、若手選手の出場機会の少なさを嘆いたものだ。

プロ野球選手会が昨年12月に「ルール5ドラフト」の導入を日本野球機構(NPB)に提案する決議をしている。「日本の場合、人材の流動性が低い」と訴えた。

▽ファームの改革を

メジャーでは18歳以下で入団した選手のうち在籍5年未満(19歳は4年未満)の選手をドラフトにかけて獲得できるルールがある。

要は有望な選手が十分な活躍の場を与えられずマイナーリーグに据え置かれているのを救済しようというもので、既に多くの実績も残している。韓国プロ野球は2011年から採用している。

日本では実績がまだない新人に高い契約金を払う。こうした問題も含めて「ルール5ドラフト」の積極検討を始めてもらいたい。

野球賭博問題や3軍創設など、さまざまな課題を抱えるファーム組織の改革につながると思う。

田坂貢二(たさか・こうじ)のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆