4月15日、新人戦「フレッシュリーグ」の慶大戦。朝8時とあってまだ肌寒い神宮球場の先発マウンドへ向かう投手に温かい拍手が送られた。

40歳の元医師という異色の経歴を持つ東京六大学野球リーグ、東大の3年生伊藤一志だった。

一回にいきなり連打で失点したが、直球とナックルボールで打ち取り2アウト。だが連続四球と遊撃手の失策でさらに失点を重ね、結果は打者9人に対して1回2安打3四球4失点(自責点1)だった。

憧れの神宮デビューまでの紆余曲折を問われた伊藤は「40歳できたかったわけじゃなくて18歳できたかった。大遅刻ですね。でもやる以上は結果を出したかった。それができなかったのは自分の力のなさ」と悔しさをあらわにした。

愛知・東海高時代に東大が法大戦で勝ち点を挙げたシーンをテレビで見て、東大でのプレーを熱望するようになった。

だが受験に失敗し、進路を少し変更して医大に進学。麻酔科の医師として病院勤務をしていた。その間も東大に挑み続け「10回ぐらいは受けた」というが、夢は実現しなかった。

少し時間を置いて34歳の時に再挑戦。ついに「赤門」が開いた。仕事の引き継ぎなどで3年間休学し、38歳の時にようやく野球部の一員になれた。

小学校4年生から野球を始めたが、中高での野球経験はなく、速球や打者を翻弄する変化球は持っていない。

生き抜くため、東大の浜田一志監督からナックルボール習得を指示された。昨年9月から練習しているが「ものになっているとは言い難い」。それでもデビューの初球で投じ、見事ストライクを取った。

従来の新人戦では伊藤の登板は実現できなかったかもしれない。従来のトーナメント方式では東大は1回戦敗退で終わっていたが、今季から1回戦総当たりのリーグ戦になったことで5試合に増えた。また3、4年生でも出場できる特例もデビューへの追い風となった。

20歳ほど年下の同期に違和感はもうない。「先輩が一番困っていると思う」と気遣われて、恐縮することはあるが、憧れたチームで野球する日々は「充実している」。

最後まであきらめずに歩み続け、夢を叶えた。さらに「本当の神宮デビューはリーグ戦。本当にマウンドに立てた感じはしていない」と意欲を燃やす。

挑戦を続ける彼の姿には、刺激を受ける。何かを始めようとしても、理由を付けてやろうとしなかったこと、継続させたいのにストップしていることはないか…。まずはたるんだおなか周りを引き締める運動を再開しよう。筆者は思った。

佐藤 暢一(さとう・まさかず)2009年に共同通信に入社し、プロ野球楽天、西武などを取材。現在はアマチュア野球担当の32歳。学生時代にはフライングディスク競技、アルティメットに没頭。神奈川県横浜市出身。