「常にいつやめてもいいと思ってやってきた」「その時その時で精いっぱいというか、悔いなく試合で戦ってきた」「今日やめてもいいやと思えるぐらい常に本気でできていた」

聞き覚えのある言葉が並んだ。3月末をもって現役生活を終えたバレーボール女子、木村沙織の引退報告会での発言。思い出すまで少し時間がかかった。それは昨年まで筆者が担当していたプロ野球広島の黒田博樹の言葉に似ていた。

木村は高校2年生だった17歳で日本代表に入り、2004年のアテネ五輪に出場した。日本の女子バレーボールで4大会連続五輪出場を果たした唯一の選手。12年のロンドン大会では銅メダル獲得に貢献し、16年のリオデジャネイロ大会では主将を務めた。

そんな女子バレーボール界の顔とも呼べる選手が引退報告会で「人生バレーボールだけじゃない」とさらりと言ったことには、少なからず驚いた。

バレーボールだけに固執しない考えに至ったのは母朋子さんの影響だった。東京・下北沢成徳高から東レに入部する際に「バレーボールが全てじゃないから大学を選んでもいいよ」と言われたという。

日本代表に呼ばれれば代表でプレーし、遠征があれば遠征に行く。それまで当たり前だったことへの見方が少し変わった。「はっとしたというか、そういう道を選んでもいいんだと思った」

「常に最後のつもりでマウンドに上がっている」と口にしていた黒田は、昨季10勝を挙げながらもユニホームを脱いだ。今季の木村のプレーも、コートを離れるのは早すぎると思わせるものだった。

最後のリーグ戦となった3月5日のNEC戦ではアタックでチームトップの得点を記録し、その前日4日のトヨタ車体戦でもチームトップの得点で勝利に貢献。08年北京五輪から3大会連続でともに代表選出されたトヨタ車体の荒木絵里香をして「このままやめるのはもったいないなと心から思った」と言わしめた。

周囲から見ればまだプレーできるように思えた二人の引退と、その言葉。競技の枠を超えた共通点に不思議な感じを覚えた。

ただ引退報告会が終盤にさしかかった時、二人の間に決定的な違いがあることが分かった。黒田は高校入学以来楽しんで野球をやったことがないと言っていた。強い責任感と、打たれるかもしれない不安をマウンド上で持ちながら右腕を振っていた。

一方の木村は違う。「コートに立つことに恐怖心はなかったのか」と問うと「ずっと楽しんでやっていた。不安はなかった。できる限り準備して試合に臨んだし、試合は楽しみだった」と返ってきた。バレーボール好きな子どものような表情は、黒田の顔つきとは似てもにつかなかった。

それともう一つ、違いがある。引退時の年齢だ。黒田は41歳で木村は30歳。米大リーグでは一度引退した選手が復帰した例もあるが、満身創痍だった右腕がもう一度ユニホームに袖を通すとは考えにくい。

一方の木村は20年の東京五輪を33歳で迎える。昨年末に結婚したばかりでまずは家庭中心の生活を送るそうだが、現役復帰は果たして―。3年後、コート上で天真爛漫な笑みを浮かべている木村の姿に違和感はあまりないと思う。

岡田 康幹(おかだ・やすき)2010年共同通信入社。同年12月から福岡運動部で大相撲やプロ野球を取材し、14年12月から2年間は広島でカープ担当。17年1月に本社運動部へ戻り、一般スポーツを取材する。1985年生まれ。東京都文京区出身。