3月31日にプロ野球公式戦が開幕した。大健闘だった第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の余韻が冷めやらない中でのペナントレースは大いに盛り上がるだろう。

同時にプロ球界は今年11月の第1回アジアプロ野球チャンピオンシップ、2019年の第2回プレミア12、20年の東京五輪、そして21年のWBCに向けて侍ジャパンの監督選びに入る。

メジャーへ行けない若いトップ選手たちにとって「国際試合」は大きな目標になるし、独特の緊張感の中でプレーすることは大きな魅力である。その意味でも、勝てそうで勝てなかった今回のWBCを振り返っておかなければならない。

▽動くボール

1、2次リーグで6戦全勝の日本は1試合平均7点以上を奪い10本塁打とよく打ったが、準決勝の米国戦では菊池涼介(広島)の本塁打だけで1―2で敗れた。

安打はわずか4。チーム内に「5、6点は取れる」という空気もあったと言われているが、多くの評論家は「1、2点を争う勝負」という見方。その根拠は米国投手の「動くボール」はそう簡単に打てないというものだった。

ふたを開けてみればその通りだった。加えて使用球の影響で「打球が米国では日本のように遠くへ飛ばない」のも事実で、選手はそれを実感したことだろう。

▽筒香、中田が

象徴的な場面は準決勝の八回2死一、二塁、1点を追う場面で打席は筒香嘉智(DeNA)。完璧に捉えたかに見えた打球は右翼定位置への飛球に終わった。

筒香の「動くボール」対策は無理に引っ張らない打法。第1打席の左飛は狙い通りだったが、思った以上に打球は伸びていなかった。2次まで4本塁打の4番が抑え込まれたのだ。

予想以上に球が動き威力もあったようだ。「打てなかったのは技術不足」という筒香に対して中田翔(日本ハム)は「予想以上に動く球だった。経験のしようもなかったので」と話した。

▽「真っ直ぐ」はゼロ

日本ではホップするような直球が理想として追い求められるが、メジャーの投手たちのいう「真っ直ぐ」は打者の手元で必ず小さく変化する、いわゆるくせ球だ。

私がそんな投球を最初に見たのは1980年のヤクルトのアリゾナ・ユマキャンプでの米マイナークラスとの練習試合だった。

登板する投手の真っ直ぐは沈んだり、一様に変化していた。チェンジアップとは違うものだった。

今は「ムービング・ファストボール」というが、当時は「テーリング・ファストボール」と呼んでいたと記憶している。

手の大きさなども関係しているのだろう。野球をやった人なら経験していると思うが、ボールを深く握ったときなどに沈んだり、思わぬ変化する。いい球ではないといわれたと思う。

最近ではそれを意識的に投げている。ツーシームやカットボールの類いである。

▽対策は経験しかない

「動くボール」への対策は経験を積むしかない。国際試合などになろうが、シーズンオフに米国、中南米などでのウインターリーグへの参加も、海外経験になることも含めて効果があるかもしれない。

▽個性を伸ばす

ドジャース、ヤンキースで7年間投げ79勝し、昨年の広島優勝に大きく貢献した黒田博樹氏がWBC後を振り返って結論的に「日本の若い選手にはあらためて個性を考えてもらいたい」と言っている。

そしてメジャー7年間で21勝84セーブを挙げ、現在パドレスでスタッフとして球団運営を学んでいる元横浜や楽天の斎藤隆氏も日米の野球を比較して「個性」に言及することが多い。

WBC準決勝の八回に筒香を打ち取ったのはニシェク。筒香を迎えた米国は左打者の筒香に左腕ではなく、この横手投げの右腕をぶつけたのである。常識では考えられない継投だが、監督は彼のキャリアを買ったのである。

黒田氏は米国では結果がすべてで結果を残した者が生き残る。その激しい競争の中からメジャーをつかむ。

変則投法であろうとなかろうと関係ない。極限で力を発揮するのはこうした個性的な選手であることが多い。

日本では個性を犠牲にしても、チームワークを第一にそこからチームづくりをしようとする。「精神野球」などもそのうちに入るのだろうが、米国では逆で試合を進めるうちにチームワークがつくられると考える。

▽野茂とイチロー

日本プロ野球でも大昔の西鉄ライオンズのように「野武士野球」と形容された個性派集団をまとめて3年連続日本一になったこともあった。

その三原脩監督の下で育った仰木彬氏が野茂英雄氏やイチローのような変則投法や振り子打法を容認して個性を伸ばした例もある。個性を大事にしろと口ではいうが、いざチームをつくるとなると“異端児"を排除していくのが日本のスポーツ界であろう。

イチローが仲間のメジャーリーガーたちを表現するときによく口にするのが「一筋縄ではいかない連中」である。

国も違えば、肌の色や言葉、習慣も異なる。それを包み込んでいるのがメジャーであり、チームワークを先になどと考える余地はない。結果で判断する以外に手はないし、それが誰にでもチャンスを与えることになる。

▽相惜顔面

最近のスポーツ選手を見ていてすこし気になることがある。多分にテレビなどに映るため、好感度を考えているのは仕方ないかもしれないが、なにか本音を隠して「きれい事」に終始しているように見える。没個性である。

「相惜顔面」という言葉がある。互いに面子を立て相手の感情を害すまいとすれば問題は見えなくなり機能を失う。

こういう状態はその組織内にどっぷりつかっていると、何の衝突も生じないから、逆に安全な状態のような錯覚になる。「貞観政要」という帝王学を説くものに出てくるのだが、組織の活力は失われていく。スポーツのような戦う場では無用な言葉である。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆