「復興五輪」への願いを込めた心温まるイベントだった。3月5日、陸上男子ハンマー投げの五輪金メダリストで「鉄人」と呼ばれた室伏広治氏(42)が、6年前の東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市を訪れ、復興のシンボルとして貸し出されている1964年東京五輪の聖火台を地元の学生や子どもたちと一緒に磨いて笑顔で交流した。

昨年引退を表明し、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会のスポーツディレクターとして重責を担う立場。会場計画の見直しや競技運営の調整役として奔走する中、現役時代から震災復興支援で石巻市の門脇中の生徒らと交流を続けてきただけに「こういう地道な活動は本当にいいですね。被災地の方々に五輪とパラを身近に感じてもらうことが何より大切だと思う」と語る言葉に使命感がにじんだ。

五輪を夢見る少年少女に囲まれ、時間を惜しまずサインや写真撮影に応じる姿が実に印象的だった。

もともと旺盛な探求心と地道な鍛錬で世界の頂点に立った求道者タイプのアスリート。五輪のシンボルである聖火台が旧国立競技場にあった09年からこの活動を続ける理由には「当時、鋳物職人の鈴木家が命を懸けて完成させた聖火台づくりのエピソードに感銘を受けた」という特別な思いがある。

58年、聖火台が完成間近の作業で爆発事故が起き、鋳物職人の鈴木萬之助氏が心労もたたって床に伏して他界する中、息子の文吾氏らが父の遺志を継いで不眠不休で完成させた魂のこもった物語だ。

「日本人は物を大切にする国民性。五輪精神が凝縮された五輪のシンボルを鎮魂のつもりで磨き続け、次世代に伝えたい」と目を輝かせる。

その聖火台が移設された石巻市総合運動公園の周囲は仮設住宅が残り、復興はまだ道半ばだ。「心の復興というのはインフラ整備と違って簡単ではない。スポーツの力を信じ、続けていくことが大事。エネルギーを逆にもらえるし、聖火台とともに自分自身も磨いていきたい」と力を込めた。

石巻市は国や組織委に対し、聖火リレーの出発点となることを要望しており、地元の機運も高まっている。

聖火リレーのルート選定はこれからだが、組織委は47都道府県を前提に被災地を重点的に回る基本方針で、室伏氏も石巻の熱い思いを感じたという。

「ぜひ石巻を中心に、被災地でいろんな街から盛り上がってくるような形になればいい。そして被災地からメダリストが出ることほど、勇気づけられることはない。石巻市からも多くの選手が出場して、できればメダルを取ってほしい」と温かいまなざしで呼び掛けた。

田村 崇仁(たむら・たかひと)1973年生まれ。群馬県出身。共同通信運動部で02年W杯までサッカー担当。プロ野球、日本オリンピック委員会(JOC)担当を経て、13年からロンドン支局駐在。現在はデスク兼務で東京五輪・パラリンピックを担当する。