「平成の怪物」が右肩手術からの完全復活へ腕を振り続けている。プロ野球で覇権奪還を目指すソフトバンクで、ひときわ今季にかける思いが強いのが松坂大輔投手だ。

米大リーグから日本球界復帰3年目だが、1軍登板はわずか1試合で未勝利。だが今春のキャンプは笑顔が目立つ。

昨秋から体重が9キロ減ったスリムな体で、まだ序盤の2月7日には239球を投げるなど原点回帰の調整法とも言える投げ込みを敢行。3年契約の最終年で「(球団には)いつも謝っている。恩返しは1軍のマウンドで勝つこと」との意気込み通りにアピールをしている。

日本復帰後は苦しみが続いた。復帰1年目だった2015年3月にインフルエンザを発症。その後は右肩の調子が一進一退となり、8月についに手術へ踏み切った。

16年も思うように状態が上がらない。同年9月3日の2軍戦で5回1失点にまとめ、2軍で初勝利を手にした後の同月10日の登板で右尻に張りを訴えて予定より早く降板した。

シーズン最終戦だった10月2日の楽天戦で1軍初登板にこぎつけながら、八回の1回を3安打4四死球で5失点。「消化するには時間がいる」と話した硬い表情には悲壮感も漂った。

その表情が今キャンプで、ここまで一度も曇っていない。オフには米自治領プエルトリコのウインターリーグに参加するなど練習を続け、自然と体も絞れた。

「一番は肩への不安がないこと」と説明する。さらに言葉を続け「(昨季は)100球ぐらいでしんどくなった。常に肩を考えるからストレスがあったし、体力より先に気持ちが疲れる感じ。今季は気持ちに余裕がある分、投げられている」

16年は連投禁止など制約があった調整法が今季は任されている。2月3日に打撃投手を志願し、前後のブルペンを合わせて161球、4日は初の連投となるブルペンで135球を投げている。

肩に不安がある当時は球数を減らして調整する方法も模索したが、うまくいかなかった。その反省から「自分は投げ込んでつくっていくタイプ。体にプレーを覚えさせる」と従来からの自らの調整を貫く考えだ。

米国へ渡る前の西武時代には300球を超える投げ込みを行ったこともあり、右手親指の皮がむけた。今年も同じ箇所にテーピングが巻かれている。全盛期のような投げ込みができる体力もついてきている証拠だろう。

右肩手術後は髪を洗う時や服を着る時、布団をめくるだけで肩が痛かった。痛みがなくなった今でも布団はそっとめくり、再発に細心の注意を払う。

甲子園での剛腕に始まり、西武、大リーグでの活躍。今年3月に第4回を迎えるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、06年と09年に最優秀選手に選ばれ、2大会連続の世界一に貢献した。数々の栄光を手にしてきた松坂も9月に37歳になる。

「とにかく1軍のマウンドで投げたい」。久しぶりに充実のキャンプを過ごす姿は躍動を渇望している。

城山 教太(しろやま・きょうた)1976年生まれ。札幌市出身。2000年共同通信入社。京都、鳥取、広島支局で警察、行政などを担当して10年から運動部。レスリング、スキーなどで夏季、冬季の五輪取材を経て、15年からプロ野球ソフトバンクを担当。