刈り入れの終わった田んぼの間を走る細い畦道(あぜみち)に1000人を超えるであろう人々が整然と並んでいる。試合開始のちょうど1時間半前。間もなくその群衆から、選手を鼓舞するチャントが沸き起こった。彼らの視線の先にあるのは、J2松本の本拠地である長野県松本市の松本平広域公園総合球技場、通称アルウィンの関係者駐車場。チームカラーである緑のユニホームで“正装"したサポーターたちが今季最終節を戦う選手の「入り待ち」をしていたのだ。

これまで数多くのスタジアムを訪れたが、このような光景を目にしたのは初めてだった。海外で騒がしいほどに熱狂的な入り待ちに遭遇したことはある。しかし、ここまで整然としたまとまりはない。畦道の彼らこそ、まさにクラブを「サポート」する真のサポーター。その姿からは、この一戦が持つ荘厳さを含んだ重みが伝わってきた。

今季のJ2は、記憶にないほどの激戦となった。何しろ、全42節中41節を消化してなお、昇格チームはおろか優勝チームも決まっていないのだ。その41節では敗れた松本が首位から自動昇格圏外の3位へ一気に転落した。2位清水とは勝ち点差では並んでいるものの得失点差が開いていることを考えれば、自動昇格でのJ1復帰は現実的に清水の試合結果次第という厳しいもの。だからだろう。サポーターたちの「信じる」という気持ちがひしひしと伝わってくる。

確かに試合で得られる勝ち点は42試合で同じだ。しかし、昇格や降格が懸かるリーグ終盤の大詰めになると、単純な競技力だけでなく心理的要素も加わる。そのため、より難しい状況が生まれることになる。

20日の松本対横浜FC戦。松本のプレーは見た目にも硬さが伝わってきた。勝つことだけを最低条件とする試合で前半9分という早い時間帯の失点が、さらに動きの滑らかさを奪った。そのチームに幸運が訪れたのは前半終了間際だった。

「このあいだはPK取られなくて、今日PKになるんだから不思議ですな」

記者会見で松本の反町康治監督が語った前半ロスタイムのPK奪取。これには皮肉が込められていた。「思い切りPKだった」という前節の町田戦で2度も起きた疑惑の判定。松本が出した意見書に対し、Jリーグ側から「二つともPKだった」という回答が届いたばかりだった。それと比べれば、横浜FC戦のPK判定は、松本側も「どこがファウル?」という逆の意味での驚きがあった。だが、思いもしなかった“プレゼント"は、追い詰められていた松本の選手たちの気持ちを再び奮い立たせる契機となった。

決してスマートなサッカーではない。21世紀になって死語になったかと思われていた「キック・アンド・ラッシュ」。その言葉が、久々に脳裏によみがえってきた。J1では希少な肉弾戦主体の戦い。日本代表のハリルホジッチ監督もJ2の現場を目にしたら「デュエル」なんていわないだろう。不細工ではある。ただ、この戦いを目の当たりにすれば、観衆の心を高揚させるのは技術の美しさよりも、むしろひた向きに戦う姿勢だということに気づく。

この試合に限っては、展開もドラマチックだった。後半5分に松本は高崎寛之のこの日2点目で逆転。ところが、4分後にCKから2―2の同点ゴールを許す。一気に重苦しくなった試合の空気を打破したのが、反町監督の采配だった。後半35分に交代で投入した三島康平がそのわずか2分後に決勝ゴール。左CKをニアサイドに体を投げ出しての、技術的にも難度の高いヘディングシュートを突き刺したのだ。

試合終了のホイッスルとともに、ピッチにいる松本の選手たちの視線がベンチに注がれる。そこに喜ぶ姿がないことを確認すると、少し肩を落とし、そして再び前方を見詰めた。覚悟はしていたとはいえ、順位は3位のまま。J1最後の一枠を争う昇格プレーオフ(PO)に臨まなければいけない。不確定要素の多い一発勝負のため、不安は少なからずあるだろう。ただ、この状況で素晴らしい言葉が近くの観客席から聞こえてきた。

「残念だけど、ここ(アルウィン)でもう2試合見られるんだから、また頑張ろうよ」

J2の3位から6位までの4チームがトーナメント形式で準決勝と決勝を行う昇格POは順位が上のチームが試合の開催権を持つ。つまり、彼らは愛するクラブが決勝に進むことを確信しているのだ。そこにあるのは、地元サポーターとクラブの一体感。老若男女が自分たちの帰属するサッカークラブを、日常の生活を営む場に持っている。田んぼ近くの空き地に並ぶ数多くの自転車を見ていると、松本を始めとする地方クラブの方が、大都市のクラブより人々の心を幸せにし、必要とされる比率が高いのではないかと思った。

この日、アルウィンに詰めかけた観衆は過去最多の1万9632人。確かにJ1への自動昇格はならなかった。ただ、このクラブの一員として地域の人々に見守られ、プレーできる松本の選手は幸せだ。残された「2試合」。選手らは畦道に立つ仲間のために全力を尽くすだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。