トーナメントの決勝戦。二つに一つの勝負において、ここまで日本が勝てなかった大会があったのだとあらためて気がついた。過去に決勝戦に6度も進出して、一度も優勝に届かなかったU―19(19歳以下)アジア選手権。日本にとってのトラウマ的存在となっていた大会だ。10月30日、バーレーンの首都マナマで行われたサウジアラビアとの決勝戦。U―19日本代表は「7度目の正直」で、初めてアジアの頂点に立った。

小野伸二や本山雅志など、キラ星のタレントを擁したチーム。1999年ナイジェリアでのワールドユース選手権=現U―20(20歳以下)ワールドカップ(W杯)=で準優勝を飾った日本サッカーの「黄金世代」でも成し遂げられなかったアジア制覇だ。

結果として今回も日本は、押され気味の決勝戦で得点を奪えなかった。それでもスコアレスドローからのPK戦決着とはいえ、タイトルを取り切ったという事実は何事にも代え難い。

タイトル獲得の事実は、試合内容を忘れても人々の記憶に残る。そして成功体験の記憶は、その国の競技者の自信につながる。だからこそ日本サッカーの特に育成年代は「内容は自分たちが上回っていた」という自己満足だけでなく、「勝った者が強い」という当たり前の現実に気がつく必要がある。

内田篤人や柏木陽介、槙野智章などが中心となった2007年U―20W杯。世界のベスト16入りを果たした大会の後、日本はこの年代のアジア予選で4大会連続の屈辱を味わってきた。2年ごとのアジア予選での準々決勝敗退。世界大会への切符を、あと一歩のところで逃し続けた。その影響でU―20日本代表は10年近く結成されていない。なぜならアジア選手権は基本的にU―20W杯の前年。必然的に日本のU―19代表チームは、U―20に呼称が変わる年を迎えることはなく解散されていたのだ。

サッカーにどの年代が最も重要かということは一概にはいえない。そのなかでプロの世界で戦っていく高校卒業直後の年代を考えると、その入り口にU―20W杯を経験しているのと、そうでないのとでは大きな違いが生まれてくる。「大人のサッカー」への移行期は、競技人生を左右する契機といえるだろう。

U―20W杯のひとつ下のカテゴリーとなるU―17W杯。日本は2011年(ベスト8)、13年(ベスト16)の大会で、巧みなポゼッションサッカーを見せ、世界的に高い評価を得た。それは日本人選手と他の地域の選手のフィジカルに、目に見えるほどの差が生まれていない年代ということも関係するだろう。

しかし、サッカーの現場ではフィジカルに優れる選手が、相手選手をフィジカルで抑え込むプレーが当たり前のように行われている。体が出来あがる年齢になると、日本人選手と欧米の選手の間には確実に違いが出てくる。リオデジャネイロ五輪でも日本のオーバーエイジの選手が「予想外のところから足が伸びてきた」と身体能力の差を驚いていたが、日本国内では見たこともない動きをする選手が、世界各国から出現してくるのだ。

その意味で年齢制限のないA代表でのW杯を前に、フィジカル面ですでに大人に限りなく近くなっているU―20W杯を経験することは非常に重要だ。多様な動きを生で体感できる。しかも、この大会は五輪のようにサッカー先進国から軽視されることはない。すでにトッププロとして、世界に名をとどろかせている選手も普通に出場してくる。アルゼンチンのメッシやアグエロ、フランスのポグバもU―20W杯でゴールデンボール賞に輝いた。これらの選手と同じ土俵で戦えば、選手の意識が変わらないはずがない。

現在のハリル・ジャパンを見ると、2010年の岡田ジャパンから引き継がれたようなチームが延々と続いている。確かに現在のA代表選手の実績は安定したものがあるのだが、ポジションを脅かす新たな選手がほとんど現れてきていないのも問題だ。原因はここ10年ほど、日本の20歳ぐらいの選手たちが「世界が何か」を知らないでサッカーを続けてきたことも関係しているのではないだろうか。

今回のアジア選手権を制し、来年韓国で開催されるU―20W杯に出場する選手たちは、その勝ち負けに関わらず大きな刺激を受けるだろう。自分たちがやっているサッカーと、世界がやっているサッカーの違い。それに気づくだけで、その後のサッカー人生の目標が変わってくるはずだ。

人間は無意識のうちに環境に寄り添って生きていると思う。それはサッカーも同じだ。周囲に世界を意識する選手が多ければ、高みを目指す選手も増える。結果として日本代表も活性化されることになる。その意味で今回のU―19代表チームのアジア制覇が、停滞した日本サッカーを動かすきっかけになるかもしれない。年が明けて約10年ぶりに復活するU―20日本代表に期待しよう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。