スポーツ界で秋から冬にかけては別れの季節だ。プロ野球ではシーズン終了間際から各球団が戦力外の選手を続々と発表し、サッカーJリーグでも各クラブが来季を見据えて水面下で活発に動く。そんな中、J1鳥栖が韓国人MF金民友(キム・ミヌ)主将の今季限りでの退団を発表した。ただ、理由がほかの選手とは少し違う。クラブをお払い箱になったわけでも、日本の他のクラブに移籍するわけでもない。母国の韓国で兵役に就くために去るのだ。

徴兵制度のある韓国では、19歳以上の男性に兵役の義務があり、30歳までに約2年間就くケースが一般的だ。来年27歳になる金民友も、兵役の義務を全うするために帰国する。ただし、サッカーから完全に離れるわけではない。韓国サッカーのKリーグには兵役をこなしながらプレーできるチームがあるという。このチームに入団するためには、それ以前にKリーグでプレーしていた実績が必要であるため、来季はまずKリーグのどこかのチームでプレーし、その上で入隊するとみられる。記者会見では「鳥栖を離れることは考えたことがなかった。もっといられたら良かったが、帰らないといけない。みなさんの応援は美しかった」と寂しそうだった。

竹原稔社長が「サガン鳥栖のここまでの成長とともに歩んできたメンバー」と話すように、身長172センチの小柄なレフティーはクラブの功労者。鳥栖は2000年代初めごろに深刻な経営難に直面し、それは成績面にも響いた。入団した2010年はまだJ2だった。翌年に主力選手として活躍し、鳥栖の初のJ1昇格に貢献した。鳥栖は2012年と2014年にはJ1で5位と躍進するなど、J1で確かな地位を築いた。そんなクラブの屋台骨を支えてきた存在だ。

フィッカデンティ監督が就任した今季は主将も任された。私が取材するようになったのも今年からなのだが、思い出されるのは本拠地で行われた2月の福岡とのリーグ開幕戦。右足甲の骨折が完治しておらず、開幕直前まで全体とは別メニューの調整が続いていた。開幕2日前に体の状態を聞いても「う~ん、まだ50パーセントくらい」とさえない表情だった。それなのに試合になると闘争心をむき出しにして相手選手と激しく競り合い、チームを勝利に導いた。第1ステージは15位に終わり、主将として頭を悩ませる時期があったが、最後まで走り抜く姿勢はまったく変わらなかった。社長が「最後まで鳥栖に残れるチャンスがないか模索したが…」と惜しむのもうなずける。

五輪やワールドカップなどで際立った実績があれば徴兵を免除される特例はあるが、そこまでのキャリアはなかった。「韓国人なら軍隊に行くのが当たり前。チームを離れるのは残念だが、しっかりやらないといけないと思う」。激しいプレースタイルとは不釣り合いなベビーフェース、独学で身に付けたという日本語でよどみなくインタビューに応じる姿。「別れの季節」に日本の隣国のアスリートが抱える現実を目の当たりにした。

岩田 朋宏(いわた・ともひろ)1989年生まれ。東京都出身。2013年共同通信入社。大阪社会部を経て14年12月から大阪運動部でプロ野球を取材。15年12月に福岡運動部に異動し、ソフトバンクやサッカーなどを担当している。