プロ野球の日本シリーズ。一度はアウトになったホームベース上のクロスプレーの判定が覆った。この広島側が要求したビデオによるリプレー検証は史上初らしいが、ランナーの走るコースが決まっている野球だからこそ可能なことなのだろう。

一方でサッカーを考えると、ゴールラインをボールが越えたかどうかに関してはビデオでの判定が効果的だと思う。ただ、105メートル×68メートルの広大なピッチのいたる所でファウルが起こり得る競技の特性を考えると、すべての疑わしきプレーをビデオ判定にするというのは難しい。

22日のJ1第2ステージ第15節、川崎と広島の一戦で、明らかな判定ミスがあった。広島の先制ゴールになるはずだった前半21分の塩谷司のシュートが認められなかった。一方で川崎は後半39分に森谷賢太郎、終了間際にも中村憲剛がゴールを決めて2―0の勝利を収めた。

しかも川崎の2点目は、CKの際に広島GK林卓人が相手ゴール前に攻撃参加をしてカウンターから奪われたもの。もし、塩谷の先制点が認められていれば、この状況は生まれなかったわけで、優勝争いをする川崎の広島戦での勝ち点3はなかったことになる。

後半21分の場面を振り返る。広島側から見てゴール前左のエリアで清水航平が直接FKを得る。ゴール前までの距離、約30メートル。セットされたボールの後ろにいるのは柴崎晃誠と塩谷だった。状況的にはFKを、ゴール正面のポジション取りする味方に合わせても、直接狙ってもいい場面。そのなかで塩谷はファーポスト際に強烈なキックを突き刺した。見事なゴールだと思った。ところが次の瞬間、村上伸次主審は西尾英朗副審が挙げた旗を見て、オフサイドの判定を下した。

塩谷の打ちこんだシュートコース上には、壁に入った川崎の2人の選手を除いて選手はいなかった。だから広島の選手がこの直接狙われたFKに関与することは考えにくい。塩谷はその後、プレーが止まったときに西尾副審になにかを問いかけていたが、試合後は「訳が分からない」と不満そうな表情。「最初に抗議したときに22番(皆川佑介)が触った」という説明が2度目では「最初にいた位置がオフサイド」に変わっていたという。

審判団の説明は苦しい。誤審の可能性が高いだろう。ただしミスジャッジと出会わないサッカー人生を送ってきた選手は皆無だ。そのなかで一度下された覆らないサッカーの判定を受け入れるためにも、サッカーにおける審判の成り立ちを知らなければならない。他のスポーツの審判とはかなり違うのだ。

1863年10月26日、世界初のサッカー協会となるイングランド協会(The FA)は誕生した。このときの協会設立の中心メンバーは、富裕層の子弟が通うパブリックスクールの出身者たちだ。騎士道精神を基本としたジェントルマンを自認する人々。彼らは当然のように、ひきょうなまねはしないのが前提だ。サッカーでも当初、判定は反則を犯した側からの自己申告制で、当然レフェリーは必要とされなかった。

その後、試合の場合、両チームから1人ずつのアンパイアが出されるようになった。このアンパイアは両チームの主将からのアピールがない限り試合には介入しない(現在もレフェリーにアピールできるのは、主将と決まっているのもこの慣例から)。ジェントルマンが故意にファウルをするという考えがなかったのが理由だった。

しかし、ルールはその後、急激に複雑となる。そこで、大きな権限が与えられるようになったのが時計係を務めていたレフェリーだ。ピッチ外の椅子に座り、まれにアンパイアの意見が異なった場合にのみ裁定を下す権限が与えられていた当時のレフェリー。この改革で試合全体の判定を裁く、重要な役割を担うことになった。同時に2人のアンパイアはピッチ外へ。ラインズマンという、現在の基本形ができあがった。

待ち伏せ(オフサイド)はひきょうという騎士道精神が基本となっている。2人のアンパイアにしても、両チームを代表する信頼置ける人物が務めたから敬意を持たれた。当然、そこに文句をつける者はいない。例え誤審でも判定には異議を唱えない。判定に対する反応も他のスポーツに比べれば、寛容を多く含んでいるという歴史がある。

先日のアラブ首長国連邦(UAE)戦。誤審問題が大きく取り上げられた。いわゆる「中東の笛」だ。しかし、よく見れば「Jの笛」も事実としてあるのだ。それを考えれば、審判のレベル向上は当然ではあるが、すべての失敗を審判のせいにしてはならない。そして「中東の笛」は、UAEやカタールの国内リーグでは毎週のように吹かれているのだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。