9月10日午後9時41分。プロ野球セ・リーグで広島が25年ぶりのリーグ優勝を飾った瞬間を、韓国の釜山で見ていた。ハングルばかりのホテルのテレビ番組でたまたま見つけた国際放送では、真っ赤に染まった東京ドームで歓喜するファンの姿が映し出されていた。そして翌日。タクシーに30分ほど乗り、カニで有名な機張(キジャン)という街へ向かった。第7回WBSC女子野球ワールドカップを取材するためだ。そこでは「マドンナジャパン」が大会5連覇の偉業を達成する瞬間を目の当たりにした。

優勝候補の大本命として重圧がかかる状況でも、女子日本代表は圧倒的な強さを発揮した。予選リーグから7戦全勝で危なげなく決勝へ駒を進めると、大一番ではカナダに10-0で大勝した。金(ホーネッツ・レディース)と志村(アサヒトラスト)のベテラン2人が柱となり、エースの里(兵庫ディオーネ)や4番打者の川端(埼玉アストライア)らプロ選手と、チームただ一人の高校生だった清水(埼玉栄高)ら初出場組がうまく融合したチームは、2012年の予選で米国に敗れたのを最後に、これで通算21連勝。原稿では「マドンナジャパンに、死角はなかった」と締めくくった。

決勝翌日に帰国の途に就いた代表チームは、成田空港で優勝記者会見を行った。終始笑顔が絶えなかった中で、各国のレベルアップしている姿に対して主力選手が危機感を持っていたことが印象的だった。決勝のマウンドで2安打完封し、2大会連続で最優秀選手に輝いた里は「変化球を真ん中に投げてものけぞっていたのを、しっかりと踏み込んで打ってくる。浮いた球はヒットにされ、失投を逃さないのを感じた」と振り返った。

4番打者として10打点を挙げ、5割の高打率をマークした川端は、打席の中で「あの変化球が嫌だな、もっとコースを突いてこられたら嫌だな、と感じることが多かった。そういう投手が増えてくることを想定してレベルを上げないといけない」と率直な思いを口にした。ヤクルトで活躍する兄とともに「お互いプロの舞台で活躍できるように頑張りたい」と気持ちを新たにした。主将を務めた志村も「特に3位に入ったベネズエラは全てにおいてレベルが上がっていて、そういうチームはベネズエラだけではなく出てくる。日本もレベルを上げないと、いつかは追い付かれる」と警戒感を高めた。優勝の余韻に浸っていたのはつかの間で、各選手の目線は早くも次の国際大会に向かっていた。

チームを5連覇に導いた大倉監督は、大会中に米国代表を追いかけているテレビクルーから日本の環境について取材を受けたエピソードを披露した。社会人野球でプレーした監督が初めて女子野球に関わった15年前は「とても野球をやる状況じゃなかった」と振り返り、高校や大会の数が増え、プロが誕生するなど少しずつ環境が整った今こそがスタートラインだと強調したと言う。「大会が増えて活性化することが世界のレベルアップにつながる。いつもマドンナジャパンには宿題をいただいている」と語り、女子野球の発展こそが大会6連覇につながる道だと考えていることがうかがえた。

松下 裕一(まつした・ゆういち)2004年入社。05年からプロ野球を取材し、オリックス、阪神、ヤクルト、西武、日本ハムを担当。16年からはプロ野球遊軍。東京都出身。