ピークの日には、およそ17万人が五輪公園を訪れた。南米で初開催されたパラリンピック・リオデジャネイロ大会のメイン会場だった五輪公園は、9月7日の開幕から12日間、予想をはるかに上回る盛り上がりを見せた。「ブラジルらしさ」の詰まった祭典だったと思う。

国外から大勢のスポーツファンが押し寄せた8月の五輪とは違い、210万枚を超える入場券を手にしたのは大多数がブラジル人。各会場に、お祭り好きな国民の明るく力強い声援が飛んだ。車いすバスケットボール、シッティングバレー、ボッチャ…。ブラジル人になじみの薄そうな競技も熱狂に包まれた。大会組織委員会の広報担当責任者は「五輪の盛り上がりをテレビやネットで知り、祭りに乗り遅れたくないと感じた人が多かったようだ」と分析した。いかにもブラジルらしい現象だと感じた。

世界最大の祝祭として有名なリオのカーニバルは、パレード会場のサンボドロモで数日間にわたって行われるコンテストがメインだ。その期間の前後には街中をダンサーたちと音楽隊が練り歩く「ブロッコ」が各地で無数に出現して大衆を巻き込む。お祭りが近所を通れば参加せずにはいられないのがブラジル人気質だ。何百万人もの市民が路上に出て歌い、踊る。パラリンピックは「ブロッコ」のように気軽でエキサイティングな催しとなった。

記者席で観戦しながら、スタンドの観客に目を奪われた。何かあると飛び上がって声を張り上げる感情表現の豊かさに圧倒された。さらに印象的だったのが、その屈託のなさだ。横転した車いすの選手が自力で起き上がったとき。視覚障害のスイマーが飛び込みで左右に大きくずれた後に軌道修正したとき。そのたびに観客は割れんばかりの拍手と声援を送った。「すごい」「よかった」という純粋な感動が伝わってきた。植民地支配や奴隷制度、軍政の歴史があるブラジルの人々は「克服」という言葉を強い感情を込めて使う。「このメダルは克服の証し」と誇る障害者アスリートと、その思いに共感する観客との一体感が、五輪とはまた違う高揚感を生んだ。

パラリンピックの力は大きいと実感し、次回の東京大会に向けて思ったことがある。2020年に日本だからこそ示せる開催意義の一つは復興支援だろう。大会には、発生から5年経過した今もつらい日々を送る人が多い東日本大震災の被災者たちを招待してほしい。リオでは約7万人の子どもが組織委と自治体の教育プログラムなどで招待され、さまざまな「克服」のストーリーを心に刻んだ。4年後の東京大会では復興庁が推進する孤立防止や心のケアなど被災者支援の輪を広げ、入場券や渡航の費用にあててはどうか。パラリンピックは多くの人に勇気を与える。これは千載一遇のチャンスだと思う。

戸部 丈嗣(とべ・たけつぐ)1972年生まれ。1997年に共同通信運動部に入り、サッカーのW杯や夏冬の五輪などを取材。15年1月からリオデジャネイロ支局で五輪とパラリンピックを準備段階からカバー。