リオデジャネイロ五輪の開会式翌日、重量挙げ女子48キロ級の三宅宏実(いちご)が2大会連続メダルとなる「銅」を獲得した。最後の試技に成功すると、試合会場の裏に下がりかけてからステージに戻り「競技を始めて16年、ずっと一緒に戦った仲間だから」と、バーベルをいとおしそうに抱きかかえた。リオ五輪の印象的なシーンとなった。

体重の倍ほどの重さを持ち上げる力持ち。だが、競技を一歩離れれば、周囲への気遣いにあふれた心優しき女性だ。それを感じたのは、5月に腰などのけがを公表してから。取材で顔を合わすたびにどうしても体調について聞かざるを得ない。それが精神的なストレスになってしまったら申し訳ないと考えていた。顔に思いが出ていたのだろう。逆に「やりますから。大丈夫ですよ!」と言葉を返された。窮地でも周囲への気遣いを忘れない姿勢に心を打たれた。

7月中旬に日本であった直前合宿の公開日には、多くの報道陣が集まった。テレビカメラがずらりと並び、ざっと50人以上はいただろう。本番で挙げる重さに挑戦。成功はしなかったが、手応えを得たらしく「きょうは集まってくださり、ありがとうございます。おかげで力が出ました」と口にした。そして、おもむろに「これ、みなさんで分けてください」と、報道陣それぞれに大きな袋を差し出した。中身は違う言葉が入った手書きのメッセージとお菓子でいっぱいだった。ピリピリしていておかしくない時期に、こんなことをしてくれる選手をほかに知らない。買い出しに行って個別に袋詰めして、メッセージを書くのにどれほどの時間がかかったのだろう。プレゼントを受け取った全員が申し訳ないと感じ、応援したい気持ちになったようだ。

迎えた本番。「薬漬けになるのは怖い」と10年以上遠ざけていた痛み止めの注射にまで頼ったが、けがの悪影響は避けられなかった。万全の体調ならば何の問題もない重さを申告したスナッチで1、2本目と連続して失敗、いきなり追い詰められた。「私の夏は終わったな」と諦めの気持ちもよぎったという。3本目も持ち上げた瞬間に尻もちをつきそうになり、場内には悲鳴のような声も出た。何とか執念で立ち上がって成功、得意のジャークにつないだ。

1本目は軽々と成功。しかし2本目は、肩の高さで受け止める「クリーン」をした瞬間にファウルの赤ランプがともった。バーを上げていく途中に脚に触ったという判定だが、実際には当たっていなかった。父の義行監督は抗議のそぶりを見せたが、同時に次の試技までのカウントダウンが始まっていたことにも気づいた。集中し直して連続試技へ。今度は持ち上げると「やったー」と歓喜の声と笑みがこぼれた。

大逆転の3位となり、けがとの戦いにも、弱音を吐きそうになる自分との戦いにも勝った。前回のロンドン大会の「銀」より順位が下がっても「今までで一番うれしいメダル」と胸を張るのも納得できた。笑顔で表彰台に立つ三宅を見て、報道陣は皆、幸せな気持ちになった。34歳で迎える東京五輪を目指すかはまだ決めていないという。安易にまた頑張れとはいえない。でも私を含め三宅と触れ合った人は、どんな決断をしても彼女を全力で応援するだろう。

森安 楽人(もりやす・らくと)2008年共同通信社入社。本社運動部から大阪社会部、同運動部で勤務。13年末に本社に戻り、バドミントン、ゴルフ、レスリング、テニスなどをカバー。大阪府豊中市出身。