今年のペナントレースは、春先の予想とは随分と違う展開になっている。

パは3連覇を狙うソフトバンクが大方の予想通り開幕から飛び出して、7月にも優勝へのマジックナンバーが出そうな戦いぶりだった。

ところが、日本ハムに球団新記録となる15連勝で猛追されると最大11・5ゲーム差を一時はひっくり返されるなど、独走から一転ピンチに立たされている。

一方のセは広島が11連勝で波に乗り、一時は巨人に追い上げられたものの、8月に再び勢いがよみがえり、マジック12(8月30日現在)として25年ぶりの優勝にひた走っている。

▽昨年は新人監督が優勝

こうした中で注目したのが昨年、監督1年目で優勝したソフトバンク・工藤、ヤクルト・真中両監督。監督にも「2年目のジンクス」みたいなものを感じるからである。

就任1年目は様子見と言ったらいいか、監督は選手を素直に評価し、選手も監督に信頼を寄せるのだが、2年目ともなると、監督や選手に「我」が出てくる。実はここが監督の勝負所。つまり、監督は自分の野球観なり方向性を明確に示せないと、選手が監督を逆評価するようになり、往々にしてチームが勝てなくなる。

▽ジンクス

ジンクスは「縁起の悪いもの」という英語で、主にスポーツなどで使われる。特にプロ野球では「2年目のジンクス」は大活躍した新人選手が2年目の成績が落ち込んだ時に言われる。その原因については、いきなりすごい成績を挙げテングになったとか、注目度アップで練習に影響が出たとか、相手に研究された、というようなことが挙げられる。

確かに、若い選手と違って監督に2年目のジンクスは不似合いで、「2年目の持つ重要さ」とでも言い換えればいいかもしれない。

▽西武の戦略見直し

西武が球団を持って4年目の1982年に、就任1年目の広岡監督で日本一になった。広岡監督はその4年前にヤクルトを日本一にしており、もちろん新人監督ではなかったが、球団は予想より早いリーグ制覇に戦略を立て直すことになる。

当時の根本管理部長(今で言うGM)は「3年目ぐらいでの優勝を描いていたので急いで戦力の見直しに着手した。(他球団から)追いかけられる立場になり、トレード補強はもとより育成計画中の2軍選手も含めて戦力強化を図り、レギュラー選手に意識を変えさせないと勝てないと思っていた」と話した。

もちろん、広岡監督も1年目にも増して選手の意識改革を中心に「管理野球」を推し進め、野球観を共有する努力を続けていた。

結果は名勝負と言われた83年の巨人との日本シリーズを勝ち取り、西武黄金時代の幕を開けたのだった。監督ら現場の首脳陣とフロントが一体となって取り組んだ好例であろう。

ただ、5年契約の広岡監督が就任4年目で3度目のリーグ優勝を果たしながら辞任したあたりに監督業の難しさを見る。主に監督の言動不一致から選手が離れて行ったと記憶している。

▽真中監督の誤算

真中・ヤクルトの開幕戦は巨人戦。ここで3連敗を喫し続く阪神戦にも敗れ開幕4連敗。混戦が予想されたセでこれは致命的だったし、真中監督もこの誤算に焦ったと思う。

昨年のヤクルトは山田、川端、畠山の攻撃陣に抑えのバーネットがいた。今季はこのクローザーがメジャーに去り、途中から畠山、川端らも故障。彼らに代わる新戦力が出て来ず、投手陣も故障者が相変わらず多いまま。

監督の責任だけではないが、昨年の優勝で一息ついていると見られても仕方ない、そんな不甲斐ない戦いが続いている。

もともとヤクルトはあまり勝負にぎすぎすしないチーム体質で、広岡氏や黄金時代を築いた野村監督のように「口うるさく引っ張らないと」勝てないと思っている。

▽工藤色を出したい

ソフトバンクは今季、主軸の李大浩がメジャー入りし心配された攻撃陣は4番内川の故障などもあり7月に3試合連続無得点負け。8月上旬には今季初の6連敗を喫して日本ハムに急接近を許した。

工藤監督は秋山幸二前監督がつくったチームで昨季は優勝したという気持ちが強いと思う。2年目に新戦力を発掘し工藤色を出したいと思っているのはいいが、ベテランとの兼ね合いが、こんな常勝チームには欠かせないと思う。

30日現在、27の貯金がある。打線に勢いが戻り、捕手にベテラン細川を起用してゲームをつくる。日本ハムとの勝負はここからで、工藤監督の手腕も問われている。

▽連覇は一人だけ

ところで、50年にセ、パの2リーグに分裂してから監督1年目に優勝したのは昨年の工藤、真中両監督で16人。西本、川上、古葉、権藤、落合氏らも就任してすぐに優勝した監督だが、連続優勝したのは86年から3連覇した西武の森氏一人だけである。

森氏は監督として西武での9年間で8度のリーグ優勝と6度の日本一。名将と言われるのもうなずけるが、森氏は巨人で水原と川上、ヤクルトで広岡と3人の監督に選手やコーチとして仕えた。

プロ集団を動かした水原、チームプレーを徹底することで日本の野球を代えた川上、強烈な個性で妥協せず弱者を強者にした広岡。こうした経験を生かして好成績を残したところに森氏のすごさがあった。

▽フロントの役割

その森氏もの横浜の監督になった2001年こそ3位だったが、2年目は途中で休養してそのまま退団した。森氏は「西武でのイメージで野球をやってしまった」と振り返ったが、監督に丸投げする球団フロントの責任も大きいと思う。ただ、日本では監督一人が責めを負う。

その点、日本ハムは辛抱強い。栗山監督は2012年にいきなり新監督で優勝した一人だが、ヤクルト時代の選手実績やコーチ経験もない大抜てきだった。

2年目以降は6、3、2位で5年契約最終年の今季は優勝争いをしている。あらためてフロントの役割を考えさせられる。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆