3000安打はボテボテの内野安打か、それとも…。私と同じようにホームランでの達成を想像したファンは多かったと思う。

メジャー史上30人目となる大台到達は8月7日、コロラド州デンバーでのロッキーズ戦の七回、右翼フェンスを直撃する三塁打だった。

本塁打での達成ならサプライズそのもので、試合後の会見では「ホームランを狙ったか」の質問が出たのも、イチローを見続けている記者の多くがそんな予感を持っていたからだと思った。

なにせ、試合前の打撃練習ではイチローの打球が次々とスタンド入りする光景は見慣れていたからだ。

今季からコーチに就任した元本塁打王のバリー・ボンズが「ほとんど本塁打。すごいよ」とうなったほどだ。そんな長打力を封印して安打を狙い続けた。「自分の役割は長打ではなく安打を打つこと」だからだ。

ちなみに、イチローのメジャー16年間での本塁打は113本(8月13日現在、日本では118本)である。

▽意外に苦戦

7月15日にピート・ローズの持つメジャー最多安打の4256安打を日米通算ながら抜いた試合では“新記録"の4257本目は右翼線への痛烈な二塁打だった。この時点で3000安打まであと21本。すぐにも到達かと思われたが、意外に苦戦した。

優勝争いをするチーム事情もあり、強打の若い3人の外野手が優先され、先発出場もままならなかった。打撃も下降気味となり相手投手は速い球で勝負に来ていた。イチローは詰まったり、あっさり空振りする姿が目立った。

これを打開するには狙い球を絞り、強く振り抜くことも大きな武器になると想像していた。もちろん、イチローは「ホームランは狙っていない。ただ、打球が上がった瞬間には(フェンスを)越えてほしいと思った」と話している。

レンジャーズのダルビッシュは「三塁打でまだ遠くに打てるというのも見せているし、まだ速く走れるというのも見せる。たぶん、イチローさんはそこを狙ったんだろうなと思った」と分析した。

▽ベンチで見せた涙

滅多なことでは感情を表に出さないイチローが、3000安打の直後にベンチで涙を見せた。もちろんサングラスで隠そうとしたが。

大台到達前の一週間は、思い通りの打撃ができなくて、周りの想像以上に苦しんでいた。それを知っているチームメートが大喜びしてくれたことがイチローの感情を揺さぶった。

「僕が何かすることで他人が喜んでくれることが何より大事だと再認識した」

クールさが特徴だが、42歳の年齢がそうさせたのか。そういえば、こんなことも口にした。「ローズの記録を日米通算で抜いたことでいろいろ言われているが、今後、日本人選手がメジャーだけで抜けばいい」と、将来を若手に託したのも珍しいことに思えた。

▽50歳で現役

野球界の後輩に話が及んだが、イチローの中でもくもくと闘志が湧いているのは間違いない。

ローズの数字を抜いたときに話したことだが、「これまで僕は人に笑われてきたことを全て達成してきた自負がある」と言った。「子どもの頃は野球ばかりやっていて、プロ野球選手にでもなるのかと言われ、それを実現したし、アメリカで首位打者になってみたいと言ったら笑われた。でも2回達成した」。イチローの頭にあるのは「50歳で現役」だろう。

3000安打は今までにない苦しみの中から生み出されたものだが、それが今後の大きなモチベーションになるというのである。

50歳まで投げ続けた中日の山本昌氏と話したことを明かしたりして、自分を奮い立たせている。

▽メジャーに衝撃を与え続ける

イチローが最初にプレーしたマリナーズの地元紙の記者は、イチローがメジャー1年目を終えた翌年の2002年に出版した「ICHIRO」にこう書いている。

「そろそろ(私も)懺悔しなければならない。これほど短期間でアメリカの野球界に衝撃を与える選手になることを誰が予想しただろう。彼の快進撃を予想できなかったのは、あるいはメジャーのおごりかもしれない。そして(日本で7年連続首位打者の)イチローのプレーを見ながら球団に(ポスティングでの)入札を説得できなかった他球団のスカウトは言い逃れできない」

メジャーでの衝撃のデビューから16年。記録面だけでなく、その徹底した体調管理を見習うプロ選手が多く出てきている。

米プロフットボールNFLのスーパースター選手から「どんなトレーニングをしているか教えてほしい」とメールが来た、と共同通信の記事は紹介している。この日米の“逆転現象"こそ象徴的と言っていいだろう。

▽米野球人最高の勲章

野茂英雄氏が惜しいところで果たせなかった米野球殿堂入りも確実となった。50歳までやるとすれば、殿堂入りは引退後だから随分と先のことになる。

今回の偉業達成でイチローが再三、名前を出し感謝したのが元オリックス監督の故仰木彬氏である。「イチロー」の名付け親であり「振り子打法」を矯正せず起用し続け、そしてメジャー行きを応援してくれた。

その仰木氏は、近鉄監督時代に変則的投法「トルネード」を黙認して、野茂投手を大きく育てたことでも知られる。常識にとらわれない野球感が、型にはめない選手を作り出したのだ。

「癒し」や「好感度」といった曖昧な言葉に否定的なイチローは本音で語る。最後に2020年東京五輪で復活する野球についてのイチローの持論を紹介しておきたい。

「オリンピックはアマチュアの最高の大会であってほしいなと思う。WBC(ワールドベースボールクラシック)はプロを含むベストのチームで戦うべき」。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆