日本で感じることは皆無だが、海外に行くと時としてありがたくない視線を感じることがある。いわゆる誰かに見られている「危なさ」を伴う感覚だ。2年前のワールドカップ(W杯)で訪れたブラジルでも、怖いなと思ったことが幾度かあった。

南米初の開催が決まってから7年。治安の面でまったく改善が見られなかったと指摘されるリオデジャネイロ五輪が始まる。日本人だけでなく、訪れる多くの人たちが、何事もなく帰国の途につくことを願っている。

五輪を前にすると、いつも次のようなことを思う。日本メディアの報道内容をどこまで信じていいのだろうか―。なぜなら、事前の報道ではびっくりするほどメダル候補が多いからだ。加えて各競技の選手たちも「メダルを目指してきます」という言葉を残して日本を旅立っていく。ところがよく調べると、その競技はいままで五輪で一度もメダルを取ったことがない種目ということも多いのだ。

確かに、メダルを狙う気持ちで戦いに臨まなければ好結果など期待できないのだろう。ただ、基本的にメダル獲得は本当の実力が伴わなければ縁遠いものだ。だから、メディアのあおり方には違和感を覚える。僕のような知識のない者は、本気でメダルが取れるものだと期待してしまうからだ。

また、「盛り上げ」に主眼の置かれた報道によって、選手たちのパフォーマンスに対して正当な評価がなされないのではとも危惧している。本番でベストに近い、もしくは自己ベストを上回る結果を出せば本人としては達成感があるだろう。しかし、一般人はメディアが期待させたメダルに届かなかったことで「なーんだ」ということになる。帰国後、自分に対する評価が低いものであると知ったら、選手は悲しい気持ちになるはずだ。

同じように、サッカー男子の五輪代表もメディアでメダル獲得を口にするチームになっていた。いつの間に、そのような根拠のない自信をつけたのかは疑問だ。そういえば、2年前に同じブラジルでザッケローニ監督に率いられたフル代表チームは「W杯優勝」を口にして惨敗した。そのいきさつを考えると、やはり日本人はサッカーという種目に関しては、謙虚に足元を見つめ直した方がいい。

勝敗をそれほど重視しない練習試合。それを踏まえても、7月30日に行われたブラジルとの親善試合は日本と世界の実力の差を痛いほど思い知らされる内容だった。

後半は大幅にメンバーが交代したので参考にならない。よって現在の日本の実力を測るには、両チームともにベストに近い布陣で臨んだ前半を見るだけでよかった。結果は日本が1本のシュートも打てない一方的な展開。ブラジルの決定機がバーやポストに救われ、よく2失点に収まったなという内容だった。

手倉森誠監督が、チームで掲げるのは「堅守速攻」だ。2010年W杯の岡田ジャパンや、前回のロンドン五輪の関塚ジャパンと同様に日本が世界大会である程度の成果を残した現実的な戦い方だ。だが、優勝候補のブラジル相手にはサッカーをさせてもらえなかった。攻めるためにはボールを奪わなければいけないのだが、まったく取れないのだ。

キャプテンの遠藤航が「ボールを奪いにいけなかった」とコメントしていたように、ブラジルと比べると各選手の技量に差があり過ぎた。そして、ボールを奪う個人の技術が日本人選手は明らかに低いのだ。

これは育成年代からの指導法が関係しているのだと思う。日本の指導者は組織での守備を重視し過ぎて、個人でボールを奪いに行く選手に対し「そこで足を出して抜かれたらどうするんだ」と注意することが多い。だから、相手の攻撃に対しても遅れさせることが目的とする対応が多くなり、「ミス待ち」の守備になる。しかし、相手がミスしなければ日本の守備陣は動かないコーンと同じ。ボールを奪えないのだ。

前半33分に許した先制点の場面がまさにそれだった。左からの横パスを受けドリブルに入ったガブリエルバルボサに対し遠藤、原川力、塩谷司が対応にいった。しかし、誰一人として体をぶつけることさえできず、シュートを許してしまった。

相手にかわされてもボールを奪いにいくプレーをしてきた海外の選手と、相手の攻撃を遅らせることだけしか考えてこなかった日本の選手。育成年代にどのような意識を植え付けられたかによって、大人になってからの守備力は確実に変わってくるはずだ。

組織という名の連帯責任を言い逃れにして、ボール奪取の結論を先延ばしにする。そのサッカーはブラジルには通用しなかった。選手個人の能力でボールを奪い切れる選手が増えなければ、日本のサッカーは成長しないと思い知らされる一戦だった。

ただ、五輪本番で対戦する他のチームはブラジルと違いミスも多いはず。そこから攻撃の糸口を見つけ、手倉森ジャパンには伸び伸びと戦ってほしい。ブラジル戦を見た人は、メダルなんてぜいたくは、口が裂けても言わない。それで勝ち進んだら痛快この上ない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。