各国の一流選手を集めた「世界選抜」のようなチームが増えてきた現在では感じることが少なくなったが、かつてのヨーロッパには現在より地域性を反映したクラブが多かった。

それが、1995年12月に欧州司法裁判所で出された判決をきっかけに劇的に変化した。いわゆる「ボスマン判決」だ。以降、欧州連合(EU)加盟国の国籍を持つ選手は契約満了後、EU内チームへの自由な移籍が可能になった。訴えたベルギー人のジャンマルク・ボスマンはプレーヤーとしては無名だったが、その果たした役割は大きい。

ただ、人間には「地域への帰属」に喜びを見いだす側面もある。その好例が五輪であり、甲子園の高校野球だろう。なじみのない国や地域の選手がどんなに素晴らしいパフォーマンスを見せても、自国選手や地元高校生の活躍に勝るものはない。“仲間"である選手に手放しで拍手を送るのは、自分がその地域の一員という気持ちが強いからだろう。

それを考えれば、ダービーやクラシコといわれる試合は、サポーターの帰属意識を刺激するには最高のカードと成り得る。同じ町を本拠とするチーム同士のダービーならまだしも、現時点の日本でクラシコなどがJ1とJ2に存在するのは正直、違和感がある。それでもクラブが位置づける特別な一戦ということならば、本来の持つ意味を深く考えず受け入れることにしよう。

外国人枠があるなど、まだまだ地域性が色濃かった時代の1990年代初めに、イタリア1部リーグ(セリエA)のミラノ・ダービーを取材する機会があった。ACミランにはフリット、ファンバステン、ライカールトのオランダトリオ、インテルにはマテウス、クリンスマン、ブレーメのドイツトリオという豪華メンバーが名を連ねていた。あのとき両チームの関係者がまったく同じことを話していたことが印象的だった。それは「ダービーはプライドのぶつかり合い。その時点でのリーグの順位は関係ない」ということだ。極端なことをいえば、当時のミラノではダービーにさえ勝てば、サポーターはある程度満足したみたいだ。

そんなことを思い出しながら、23日にJリーグの特別な一戦である「多摩川クラシコ」を見に行った。

残念ながら試合は「意地と意地のぶつかり合い」という展開にはならなかった。J1の年間順位で首位を走る川崎と、調子の出ないFC東京の勢いの差は明らか。上位チームが下位チームを押し込むという展開になった。

それでも、FC東京に勝機がまったくなかったわけではない。後半20分に高橋秀人のスルーパスからムリキが抜け出し、GKと1対1となるビッグチャンスがあった。しかし、この絶好機をチョン・ソンリョンにブロックされたことで、希望はほぼついえた。

一方の川崎も理想とはほど遠い試合運びだった。主導権を握りながらも「後半はなかなかシュートが決まらなかった。苦しい試合だった」と風間八宏監督が語ったように、ゴールという結果をなかなか得られない展開。その状況でチームにリズムをもたらし、結果的に勝利の起点となったのは中村憲剛だった。ある意味で彼は「個でも戦術」だ。

9日の名古屋戦で右足首を負傷。全治3~4週間といわれていたベテランは、ボランチでコンビを組む大島僚太が五輪代表で抜けたこともあって、強行出場してきた。しかし、「試合中も痛かった」というように本調子ではなかったようだ。それでも、スタンドからの見ていると、気持ち良さそうにプレーをしているという印象を受けた。

もちろん、相手のマークを外してボールを受ける中村の技術も高いのだろうが、FC東京もあまりにも「一発のパスを持つ」司令塔をフリーにし過ぎた。そして、このような選手は気持ち良くボールを触れば触るほど、調子に乗ってくるのが常だ。

後半36分、その中村のスペースを生かす戦術眼からこの試合唯一のゴールが生まれた。FKのこぼれ球を、中村が相手ゴールに背を向けながら右足アウトサイドで左サイドの大外へ。車屋紳太郎がダイレクトで挙げた左足のクロスを、小林悠がヘディングで5試合連続となるゴール。結果的にこの1点は年間勝ち点で同2位の鹿島アントラーズに5ポイント差をつけ、第2ステージでも首位に立つ重みのあるゴールとなった。

1―0という結果は、川崎の持てる攻撃力からすれば余力を残した結果かもしれない。それでも、ホーム・等々力陸上競技場の観客席には年配の女性も含め、満足した表情の観客の姿が目立つ。それは川崎というクラブが、地域の方々にとって「私たちのチーム」として完全に根付いているからだろう。

何より、生え抜きの「背番号14」がいる。中村憲剛のような帰属意識をくすぐる、象徴的な選手を持つクラブはなんとも幸せだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。