7月3日、日本代表FWで21歳の浅野拓磨がJ1広島からイングランド・プレミアリーグの強豪アーセナルに移籍することで両クラブが合意したと発表された。昨年の4月18日にプロ3年目でJ1初ゴールを挙げてから一気に頭角を現しての名門クラブ入りに、広島の森保監督は「本当にシンデレラストーリーだと思う。ただ、降って湧いたものではない」と語る。チャンスをつかみ取った背景には、本人の才能と努力もさることながら、成長するための下地を提供してきたチームの一貫した指導も大きく影響しているだろう。

50メートルを5秒台で駆け抜けるスピードを武器に、三重の四日市中央工高2年時に全国高校選手権で得点王に輝いた浅野だが、2013年に入団した広島ではプロの壁に直面した。1、2年目はJ1通算12試合で無得点。得点時に両手の爪を立てる「ジャガーポーズ」で注目を集める現在の姿からは想像しにくい結果だ。

ただ、実戦機会に恵まれなくても、切磋琢磨して力を伸ばす環境があった。広島では週に2、3日、週末の公式戦で出番の少なかった若手らが2部練習に取り組んでいる。午前中に主力組と混じって行う練習では当然、気が抜けない。午後の練習は個々の能力を高める狙いで、筋力トレーニングに始まり、1対1、2対2といった対人練習など、ハードなメニューが組まれている。10人前後の参加選手とほぼ同数のコーチ、スタッフ陣が見守り、緊張感がいつも漂っている。

浅野は7月4日の移籍会見で「苦しいなと思う時期もあったけど、一日一日を100パーセントで頑張る環境を常につくってくれていた」と振り返り、クラブに感謝した。J1初得点を機に昨季はJ1で32試合に出場して8得点と飛躍。フル代表にも招集され、ことし6月のキリンカップでは代表初ゴールを記録した。

チーム人件費が決して潤沢とはいえない広島にとって、下部組織の選手や新入団した若手を育てて戦力にするというのは重要なクラブ戦略だ。森保監督は「育成型クラブのサンフレッチェにとって、世界のトップのチームからオファーをもらえたこと、彼が評価を受けたことはわれわれの育成が間違っていなかったこと。それをクラブの誇りと自信と成果にできれば」と話した。アーセナルからは移籍金として450万ユーロ(約5億1千万円=合意時点での換算)が支払われるとみられる。この育成面での成功体験は、クラブにとって大きな財産となりそうだ。

まだ国際Aマッチ出場5試合の浅野は、英国での選手活動に必要な労働許可証取得基準を満たしておらず、他国のクラブへ期限付き移籍で修業に出される可能性もある。アーセナルの特例措置申請が認められたとしても、名門クラブにはエジル(ドイツ)サンチェス(チリ)ジルー(フランス)といった有力選手がおり、出場機会を得るのは容易ではない。J1、日本代表での実績は十分とは言えないが、あのスピード感や、ここ1年ちょっとの急成長には目を見張るものがある。何より広島で過ごした日々から、大きな自信、手応えを得ているはずだ。海を渡る浅野の挑戦を心から応援したい。

★★★五輪開催に伴い、このコラムは当分の間休載します。9月7日再開の予定です。★★★

大島 優迪(おおしま・まさみち)1990年生まれ、神奈川県出身。大学までサッカー部。2014年に共同通信に入社し、大阪社会部で行政を取材。15年6月に大阪運動部へ。サンフレッチェ広島や大相撲などを担当。