出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない―。投手と野手の「二刀流」を続ける日本ハムの大谷の今季の活躍ぶりに、そんな言葉が頭に浮かんだ。

岩手・花巻東高からプロ入りして3年目の昨年は15勝を挙げ最多勝、防御率、勝率の投手3冠を獲得する活躍だったが、打者としては22安打、5本塁打と前年の58安打、10本塁打を大きく下回る低調さに「投手に専念した方がいい」という声が圧倒的だった。

▽結果を出すしかない

大谷は悔しかったに違いない。プロ入り以来、日本ハム・栗山監督と二人三脚で二刀流に取り組んで来たが、試行錯誤の中での成績にすぎないと割り切っても、誰もがやらないことへの挑戦は往々にして批判の対象にされやすい訳で、結果を出すことでしか乗り切れないことは本人が一番よく知っている。

もちろん、チーム内でも大谷の挑戦に影響を受ける選手は死活問題となる。監督ら首脳陣も大谷の特別扱いをどう説明するかは難問だろう。やはり答えは投打に貢献して「出すぎた杭」になるしかないのである。

▽先頭打者の初球本塁打

前半戦終了の7月13日現在、投手として16試合に投げ8勝4敗。115投球回で140奪三振、1試合あたりの奪三振率は楽天の則本を上回る10.96のトップ。ちなみに1968年に、当時阪神の江夏がシーズン最多の401三振をマークした時の奪三振率とほぼ同じである。

今季の打撃部門は49試合で13打数43安打、10本塁打、27打点。打者としてよかった2年前の58安打、10本塁打、31打点を上回るのは間違いない。特に今年はクリーンアップを任されることが多く、打力を付けてきている。

日本ハムは6月から球団新の15連勝をマークして、ソフトバンク独走にストップをかけた。

大谷は3勝を稼いで貢献。首位に6ゲーム差を付けられる2位だが、これまで言い続けてきた優勝争いができる位置にいるのは大谷にとって願ってもないこと。充実の4年目となっている。

プロ野球史上3人目となった「投手で1番打者」を務めた7月3日のソフトバンク戦では、なんとプレーボール直後の初球を本塁打してスタンドを驚かせた。こんな珍しい一発にチームメートも脱帽するしかなかっただろう。

▽天賦の才

日本人投手最速の163キロをすでに何度もマークし、普通に投げて160キロ前後が出るのは大きな武器だ。

そこに落ちる球を加えて投球の幅がさらに広がった。交流戦で戦った阪神・金本監督も「あの速球に変化球では打てない」と苦笑いしたものだ。

大谷の原点はもちろん投手にあった。「投手としてプロに行きたい」と努力していたが、高校時代にアクシデントで投手として登板できない期間に「打つ楽しさに出会った」そうだ。

左打者の大谷は意識することなく逆方向のレフトに本塁打できるのだが、超速球とともに打でも天賦の才に気付いた。ここから二刀流への挑戦が始まったようだ。

193センチの大きな体に加えて柔らかい体。栗山監督と出会ったことも大きいが、今では「野球でできないことがあるというのが嫌なので、両方やらないといけない立場だし、必要とされるところでやり遂げたい」と話している。

▽メジャー行きは?

野球評論家は投手か打者に専念することで記録的に球史に名を残す選手になると期待しているのだろうが、大谷自身はこんな風に語ったことがある。「打つ方も投げる方も、それなりの結果を残せたと、終わってから振り返られるようになりたい」。つまり、今は周りの声に惑わされることなく「我が道を行く」心境のようだ。本人が納得するまでやり抜くしかないだろう。

高校卒業時に直接メジャー入りを目指したのだから、当然メジャーは視野に入れている。

「今の自分には(今後のことは)分からない」と前置きし「ポスティングも球団もプラスにならないと意味がない。そこまで認められるような成績を残さないと球団にもプラスにならない」と、あるインタビューで答えている。

日本球界には寂しいことだが、大谷のメジャー行きは既定路線であり、焦点は二刀流を続けることが可能かどうかである。

▽メジャーにも二刀流

サンフランシスコ・ジャイアンツにバムガーナーという左投げ右打ちの投手がいる。195センチと長身の26歳。2014、15年と18勝を挙げ、今季はすでに10勝。14年にはワールドシリーズのMVPを獲得した。

ジャイアンツはDH制のないナ・リーグで、投手は登板時に打席に立つが、バムガーナーはここ2年連続して「打撃のいい投手」としてシルバースラッガー賞をもらった。

これまでの通算本塁打は今季の2本を含め13本。今年の6月30日のア・リーグ交流戦ではDH制を放棄してバムガーナーを「9番・投手」として出場させた。40年ぶりだという。こうした打者顔負けの投手はマイナーを含めて結構いる。

日本でも打撃のいい投手はいるし、昔は投げない日は野手として出場することは珍しいことではなかったが、分業化が進んだ近代野球では、あまり見られなくなった。

ちなみに歴代投手の中で通算の最多本塁打は金田の38本で、元巨人の堀内は21本で5位。ただ、堀内は1967年の広島戦でノーヒットノーランを達成したが、この試合でなんと3打席連続本塁打をマークしている。73年の江夏は延長十一回に自らのサヨナラ本塁打でノーヒットノーランをやり遂げた。

▽特例を認めさせた

大谷は今年のオールスター戦のファン投票で投手1位になった。ただ、今月10日の登板で右手中指のマメをつぶして緊急降板しており球宴でのマウンドは無理となった。理由なく欠場すると後半戦開始から10試合出場できない取り決めがある。

NPBは急きょ、大谷の野手としての出場を特例として許可した。これなど、球界が大谷の打者としての実績を認めたことにほかならない。

進化し続ける大谷の二刀流に、あらためて注目していきたい。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆