アジア大陸の端っこに位置する島国にいても、欧州選手権(ユーロ)や南米選手権(コパ・アメリカ)の映像をリアルタイムで楽しめる。このあふれる情報を日本は有効に活用しているのか疑問に思うことがある。特に日本のサッカー指導に関して、だ。

学生時代、試験の前になると勤勉な友人のノートを借りてコピーしまくったものだ。そして、コピーを集めた時点で勉強した気になっていた。当然、テストの結果は散々。それもそうだ。答案用紙に記すべき解答はコピー用紙にあるのであって、自分の脳みそにはまったく刻まれていなかったからだ。

同じことが日本のサッカー指導者の多くにもいえるのではないだろうか。世界トップの情報がDVDレコーダーに録画されているにもかかわらず、その素晴らしい技術が現場の指導に反映されていない。ファンならば試合の流れを楽しむだけでもいい。だが、指導者はプロに限らずあらゆるレベルで優れたものを学ぶ姿勢を持ち続けなければならない。

10日にパリ近郊のサンドニで行われたユーロ決勝。地元フランスとポルトガルの一戦は、延長後半4分にポルトガルがこの試合唯一のゴールを奪い、1―0で勝利。主要大会における初優勝を飾った。

決勝ゴールを奪ったのは、途中出場のエデル。左から中央にカットインして約25メートルの右足シュートを沈めた。この場面を見たときに、日本人選手でこのシュートを打つ選手はおそらく一人もいないだろなと感じた。なぜなら、日本協会に登録している90万人を超えるサッカー選手で、エデルが見せたようなキックを習ったことのある選手は誰一人いないと想像できるからだ。というより、日本の指導者が持ち合わせている知識ではこのキック自体が存在しないだろう。

エデルの見せたキックは、日本のあらゆるサッカー指導書を読破しても見つけることができない。だから、教本に忠実な指導者が多い日本のサッカーでは、基本的にほぼ存在しない新種のテクニックなのだ

ボールをコンタクトする足の部分は、インサイドとインフロントキックの中間ぐらいという感じだ。それをヘソを中心に体をひねってキックする。足の動きの感じとしては柔道の足払いのようになるのだが、この腸捻転を意識してしまうキックは「これ以上、体が稼働しません」という体の壁が作れるため、ボールを強くインパクトできるのだ。

日本の指導現場で最初に教えられるキック。それはインサイドとインステップだ。足の内側側面で蹴るインサイドキックは、ボールに接触する面が広いために正確だ。しかし、股関節を90度に「開いた」フォームのため、力が逃げて強いボールを蹴ることは難しい。

一方、足を振り上げたパワーを直にボールへ伝えられるインステップキックは強力だ。ただ、ボールに接触する部分は狭く、わずかに角度がズレるだけでコントロールを失う。そして、Jリーグではミドルシュートをゴール上に浮かしてしまう選手が驚くほど多い。

海外の一流選手は、両者の利点を一つの動作で体現する。インステップの振りからボールをインパクトする瞬間はインサイドの面を使う。だから、長距離からのパワフルなシュートが確実にゴール枠をとらえるのだ。

エデルのゴール場面に話を戻そう。確かに幸運はあった。マークについたDFコシールニが、直前の判定ミスで警告を受けた。これにより2枚目のカードになる可能性があったので思い切ったチャレンジができなかったという見方もある。ただ、エデルの巧みな駆け引きがあったのも見逃してはならない。

エデルがシュートを打つ直前に踏み込んだ軸足のつま先に注目しよう。それは守る側から見てゴール右側に向いていた。そして、人体の構造上、普通に蹴ればインステップでもインサイドでも軸足のつま先方向にボールは飛ぶのだ。事実、シュートをブロックしようとしたDFウムティティの右足がカバーしたのはゴール右側だった。ところが、ボールが通過したのはウンティティの背中側。シュートが体の方向とはまったく違う右側に打たれたことが、GKロリスの反応に影響を与えたとしてもなんの不思議はない。

体をひねることでパワーの増す、もう一種類のインサイドキック。このキックを得意としたのがバルセロナやスペイン代表で活躍した名選手グアルディオラだった。そして現役ではドイツのクロース。左サイドから中央にドリブルしながら、速い縦パスを入れるのがこのキックだ。体の向きとはまったく別の方向にパスが出るので、ある意味ノールックパス。効果的なのだ。

指導者の方々には、改めて一番大切なものは何かを考えてもらいたい。答えは簡単だ。「実戦的」であるかどうかだ。多くの場合、そのような細かなことは指導書に載っていない。だから、学び、そして指導現場で試してみることが必要になる。いままでの「教科書的思考」。それでは日本は、確実に取り残される。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。