イングランドの人々も、まさか5日間で2度もユーロに「サヨナラ」をするとは思わなかっただろう。

EUからの離脱か否かを決めるため、23日に行われた英国の国民投票。多くのメディアは残留に落ち着くだろうと報道していた。しかし、ふたを開けてみると離脱票の方が多数を占めた。この結果に多くの英国民だけでなく世界中が困惑している。

だが、驚きの振れ幅だけを比べれば、スケールははるかにこちらの方が大きい。フランスで開催されているサッカーの欧州選手権(ユーロ)。27日に行われた決勝トーナメント1回戦で、イングランドが1―2でアイスランドに敗戦を喫したことだ。

サッカーの母国として、プライドは限りなく高い。そのイングランドが、サッカー界ではまったくの無名の初出場国に完敗する。両国の過去の歴史だけを比べれば、間違いなくアップセット(番狂わせ)だ。

アイスランドの人口はおよそ33万人。東京の新宿区とほぼ同数だ。そして、サッカー人口は1割に当たる約3万3000人。このうち、成人の男子選手は3000人で、プロ選手は100人あまり。国土が北極圏すれすれに位置しているので、屋外でプレーできる期間が年にわずか4カ月。それが世界で最も裕福な資金を誇るプレミアリーグを持ち、サッカー人口183万人とされる“母国"を撃破するのだから、その衝撃は計り知れない。レスターのプレミアリーグ制覇以上の驚きをもってとらえられたのではないだろうか。

ただ、その驚きはあくまでも両国の歴史に対してのものだ。現在のチームとしての競技力を正当に評価すれば、アイスランドの勝利は何の不思議もない。なぜなら、このチームは今回のユーロ予選において2年前のワールドカップ(W杯)ブラジル大会で3位に輝いたオランダに、ホームで2―0、アウェーで1―0と完勝しているからだ。

今回のアイスランドのメンバーを個々の能力から見れば、今大会で活躍したからといってビッグクラブに招かれる選手はいないだろう。そのなかで「相手がボールを持っているとき自分たちの良さが出る」とハルグリムソン監督が語る集団のサッカーは、ある意味で単純明快。各試合でボール保持率は30パーセント台であるにもかかわらず、確実に得点チャンスを作り出す勝負強さを備えている。

事実、イングランド戦でもボール支配率は37パーセントと劣りながら、枠内シュートはイングランドと同数の5本。シュート総数こそ18対8だが、ゴール枠から外れるシュートが得点にならないことを考えると、互角の戦いをしていたということになる。

これまでまったく知識のなかったアイスランドを見て、日本のサッカーも気づくこと多いだろう。確かに体格も技術的種類も日本とはまるで違うので、戦い方は参考にならない。ただ、このチームはサッカーの本質をどのチームよりも明確に表している。堅い守りとゴール枠にシュートを飛ばすことで、試合に勝つことはできる。目的さえ見失わなければ、サッカーはシンプルでも「あり」なのだ。

一方、アイスランドに敗れて初めて事の重大さに気付いたイングランド。それは欧州連合(EU)離脱決定後に大慌てする英国と同じだった。原因は自分たちの実力を過大評価した傲慢(ごうまん)さだろう。

試合前、ホジソン監督は「他の北欧諸国のことほどアイスランドのことは知らない」と語っていたが、分からないからこそ情報を集めるのが監督の仕事だ。ところがルーニーのPKで先制した直後のR・シグルドソンに許した前半6分の同点ゴールを見て、この監督は何もしていないことが分かった。アイスランドの攻撃の大きな武器は、グンナルソンのロングスローからアウルナソンがヘッドで落としたところを狙うパターン。これはグループリーグから変わっていない。そのパターンでの得点を易々と許してしまうのだから、この逆転負けもある意味で当然のことだったのだろう。

今大会を見ていると、悪い意味で汚い反則が多いことに気づく。競り合いの際の肘打ち。さらにスパイクのポイントで相手の足を踏みつける行為。VTRで見ていると明らかに故意だろうと思われるのだが、レフェリーも人の心に白黒をつけることはできない。こういうのを「著しく不適切ではあるが、違法とまではいえない」判定というのだろう。

ロンドンの中心部から郊外に行くバス。その車窓からは「ICELAND」という看板をよく目にする。友人に聞いたらこの店は、平日はあまり料理をしない英国人向けに、電子レンジで「チン」をすればすぐに食べられる冷凍食品を中心に売られているスーパーマーケットだそうだ。

普段、お手軽に「アイスランド」食品を食べていたイングランドの人々が、逆に本物のアイスランドにあっさりと料理されてしまった。なんとも皮肉であり、滑稽なことだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。