まだ釣り上げたことのない魚。その手応えは、かすかにだが感じることができる。ただし、獲物の正確な重さや大きさは、釣り上げた者にしか分からないのだ。

J1第1ステージの優勝争いは終わったわけではない。とはいえ、川崎の選手たちはいま、「逃した魚は大きい」という言葉を苦い思いでかみしめているのではないだろうか。

残り2試合を連勝すれば、J1では初のタイトルとなるステージ優勝。その川崎が第16節で足をすくわれると予想していた人は少なかったのではないだろうか。相手は最下位の福岡。これまでの戦いぶりを振り返ると、リーグ随一の攻撃力を誇る川崎が、ここでつまずくと考える方が難しかった。

選手個々の技量を足してチームという集団で比べれば、川崎が上回るだろう。ただ、川崎は試合後半に追いついたとはいえ、結果としては負けにも等しい引き分けに終わった。それを考えれば、サッカーはメンタルに支配される部分が大きいということに改めて気づかされる。

川崎とすれば、腰痛のためにベンチからも外れた大黒柱・中村憲剛の不在が最大の誤算だったのではないだろうか。技術的にはもちろん精神的にも絶対的な存在感を放つリーダーの不在は優勝の経験に乏しいチームに少なからず不安を与えたはずだ。

福岡の若きタレント金森健志に奪われた開始9分の先制点。川崎が平常心を保てていたのならば、ここで一度試合を立て直せただろう。だが、できなかった。そして、15分にも金森にゴールを許し0―2。いくら攻撃力にたけるからとはいえ、2点のビハインドを逆転にまで持ち込むのは、簡単な作業ではなかった。

ノープレッシャーの状態でプレーをさせたならば、川崎は間違いなくリーグでも最高のサッカーを展開する。圧倒的にボールを保持し、―決まるかどうかは別だが―次々とゴールチャンスを作り出す。この日も同点にはこぎ着けたが、本来の姿ではなかったようだ。前半22分に負傷したエドゥアルドに代わり途中出場した井川祐輔。2006年、08年、09年と川崎で3度のJ1リーグ2位を経験しているベテランDFは次のように語っていたという。

「失点はしかたないが、もう1点取れる力があっただけにもったいなかった。これが優勝したことのないチームの(試合の)入り方なのかもしれない」と。

今回の川崎ではないが、誰が見ても優勝候補であるのに、なかなかタイトルに手の届かないチームというのがある。それは世界の強豪を見ても存在する。

例えば、ワールドカップ(W杯)で3度の決勝に進んだオランダ。クライフを中心とする“トータルフットボール"が開催国に封じられた1974年の西ドイツ大会。延長目前のレンセンブリンクのシュートがポストを直撃した78年・アルゼンチン大会。そして、2度の決定機をスペインのGKカシリャスにストップされ、延長で敗れ去った2010年・南アフリカ大会。どの決勝戦でも勝機はあった。ただ、一番大事な試合で勝利はつかめていない。そこにはタイトルを奪取するための何かが欠けているのだろう。

実力的にはさほど大差のないチーム。そのなかでもトロフィーを並べるチームと、そうでないチームの差が生まれてくる。そのことについて、常勝・ドイツの関係者はかつて次のように語っていた。

「一回タイトルを取れば、次の大会で何をすればいいかが分かる。逆に一度も優勝したことがないチームは、その何かが分からない。その何かに大きな差がある訳ではないのだが、分かっているのと分かっていないのとの間には大きな差がある」

レアル・マドリードとバルセロナというスーパーなクラブチームを持つスペインも代表チームとしては、自国開催だった1964年の欧州選手権(ユーロ)の優勝以降、なかなかビッグトーナメントに縁がなかった。それが2008年のユーロで優勝すると10年W杯、12年ユーロと立て続けに優勝。おそらくは、その「何か」が分かったのだろう。

日本に目を移すと、優勝するための「何か」を知っている代表格がJ1鹿島だろう。過去10年でリーグとカップ戦を含め11個のタイトルを獲得。そして今回も気がつけば、最終節を前に首位に立っている。

とはいえ、川崎のステージ優勝の可能性が完全に消えたわけではない。鹿島が誇る伝統の力は確かに目を見張るものがある。そのなかで、“他力本願"とはいえ、川崎が新しい扉を開き「何か」を手に入れるのか。25日の第1ステージ最終節から目が離せない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。