6月12日に終わった全日本大学野球選手権で、東海地区代表の中京学院大(岐阜)が、23年ぶり7校目となる初出場優勝を飾った。

「2泊3日のつもりで神宮にやって来た。正直、勝っても1勝だと思っていた」と近藤正監督。ユニホームは1着だけで、試合後に宿舎の風呂場で洗濯するのだが、だんだんと土の汚れが取れなくなっていた。

ここ2年間とも目前で逃した全日本大学選手権への出場を勝ち取ったことで、創部24年目での大目標を達成していた。気楽に戦える条件は整っていたのである。

▽準々決勝で亜大破る

1、2戦目を競り勝つと準々決勝では東都の亜大に快勝し、準決勝は九回に2点差を逆転。中央学院大(千葉)との決勝はあっさり勝った。

甲子園出場組はほとんどいないが、4勝を挙げたエース柳川優太の安定感、俊足ぞろいの上位打線と投打に穴がなかったが、伸び伸び野球で実力以上の結果を出したと言っていい。

ただ、今回の快挙は単に「地方の(無名)大学でも優勝できる」を見せただけではない。過去64度の大会での優勝校とは異質のチームの優勝と言えたからだ。

▽エンジョイベースボール

中京学院大選手の中でやや知られていたのは、大学日本代表合宿に参加した吉川尚輝遊撃手ぐらいだった。

50メートル5秒7の俊足と好守、全5試合で安打を打ったシュアな打撃を全国大会で初披露した。

快進撃の象徴的な選手で「ドラフトでは1位でいかないと取れない選手」と、プロ野球DeNAの高田繁GMに言わしめた。

この吉川に代表されるが、どの選手も素直な性格だと思われる受け答えで、いわゆる「すれていない」のだ。それは近藤監督の指導法から来ているのだろう。チームが掲げるのが「エンジョイベースボール」。その根底には徹底した選手の自主性尊重がある。

▽徹夜の練習

近藤監督は中京高(岐阜)を春夏5度、甲子園大会に出場させ、1975年夏は8強入りした監督。当時を知る人は「鬼の近藤」と言うだろう。

なにしろ練習試合でも負けると「徹夜で素振りの練習をさせた」エピソードの持ち主だからだ。

2006年に中京学院大の監督になってから指導法をがらりと変えた。「選手たちに野球を嫌いにさせない。野球を楽しむ原点に戻ろう」

高校野球でもないプロ野球でもない「難しい立場と年齢」の大学選手の能力を最大限に引き出す方法として、酸いも甘いも知り尽くす68歳のベテラン監督が「全て自分で判断させてやらせる」という自主性尊重にたどり着いたというわけだ。

孫のような年齢の選手に気楽に声を掛け食事に誘う。選手たちは誰もが「監督との間の壁は感じたことがない」と言った。

▽サインはコーチ、主将任せ

近藤監督は試合では驚く采配を見せる。試合で自らが指揮を執ることはなく、サインや選手交代の判断もコーチや主将らに任せている。

そればかりか、試合中に監督が口を出すことはまずないのだ。「自分のことは自分でやれないと勝てないから」がその理由。ここまで徹底すると、見事と言うほかはない。

専用球場はなく、岐阜の中津川市と瑞浪市のグラウンドを借りて練習する。キャンプもやらない。部員は約130人。ほとんどの選手が野球部とアルバイトを両立させて学費や生活費の足しにしている。だから練習時間も授業の後の3時間ほど。

今大会で首位打者となり最高殊勲選手に選ばれた山崎善隆主将は「4年間で一番きつかったのは練習後のアルバイト」と話した。

▽充実した大学、野球生活

しかし、中京学院大の選手たちはしんどい毎日の中でいろいろなことを考えているに違いない。大学や野球のこと。アルバイトをしながら社会との関わりも学んでいることだろう。

あるいは、苦しいことをやり抜くことで充実感を覚えとしたら、そうした生活を通して野球へのモチベーションを高めているのかもしれない。

そうした選手たちを近藤監督は遠くから静かに見守り、戦力通りのチームをつくる。この段階で、監督の役割をほぼ終えている。

「試合をするのは選手たちなのだから」と割り切っている。なにやら、プロのチームを見ている錯覚に陥りそうになる。

近藤監督は「優勝は夢を見ているようだ。選手たちも(人生の上で)大きな自信を得ただろう」と、いつも通りの静かな口調で話したが、異例ずくめのチームの優勝だった。

▽徐々に変わる勢力図

戦後間もなくの1952(昭和27)年に8校が出場して始まった全日本大学選手権は東京六大学、東都大学が中心となっている。

今回、27大学が出場したように、出場地区は大会を重ねるごとに増えてきたが、つい最近までその2大リーグが決勝まで当たらないように組まれていた。

これまでの優勝回数を地区別に見ると、東京六大学が24度、東都23度、関西学生(旧関西六大学)7度。それ以外は今回の中京学院大を含め計11度で首都大学の東海大が4度、大学日本一になっている。

13年前の日本文理大(九州)や3年前の上武大(関甲新)の優勝あたりから、大学野球の勢力図にも変化が見られるようになった。

各新興大学がPRの絶好の場ととらえ、野球などスポーツに力を入れ出した。大学本体の生き残り戦略の象徴にも見える。

▽古葉監督で話題

今回は出場できなかった東京国際大(東京新大学)は、5年前に元広島監督の古葉竹識氏が率いてベスト4入りして大きな話題になった。このリーグの創価大には今年のドラフトの目玉である、豪腕・田中正義がいる。

秋に行われる明治神宮大会も規模は小さいながら勝てば「大学日本一」と言ってもらえる。東京六大学だけはこの秋の大会を重要視しない傾向があったが、最近は意識せざるを得ないのが実情である。

今回は東京六大学の明大が初戦で敗退したが、東都とともに人気、実力ともにずぬけている。ただ、今回の中京学院大の優勝で「弱小リーグのチーム」にも光が当たり、有力選手の分散化がさらに進むかもしれない。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆