ボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、ムハマド・アリ氏が6月3日、74歳の生涯を閉じた。リングの内外で残した実績は計り知れない。そして、あらためて思うのがその比類なきボクサーとしての才能である。

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と自らが命名した華麗なるパフォーマンス。歴史的な「拳豪」が集うヘビー級で、アリ氏最強説を唱える専門家は多い。アリ氏の強さ、うまさが確かに新たな時代を切り開いた。

1964年2月、ソニー・リストン(米国)をTKOで下し、頂点に駆け上った試合は衝撃の一言だった。

初回からフライ級のようなスピードで圧倒。無敵の王者を寄せ付けない。軽快なフットワークに乗って鋭い左右連打を浴びせ、グロッギーに追い込んだ。

このとき22歳。ローマ五輪で金メダルを獲得して以来、フルスピードで突っ走った。「おれは世界で最も偉大で、美しい」。若々しいアリ氏はまぶしいほどに輝いていた。

ヘビー級の歴史はそれまでパワーファイトが主流だった。例えばロッキー・マルシアノ(米国)。49連勝(43KO)の不敗で引退した伝説の一人だが、荒々しいほどのタフな打撃戦を得意とし、ファンを夢中にさせた。

その昔、「拳聖」と呼ばれたジャック・デンプシー(米国)もそうだ。一打必倒の切れ味は恐ろしく、面白いようにKOを積み重ねた。その概念をアリ氏は根底から覆した。多くの史家は新鮮な驚きを隠さなかった。

タイトルを奪うとブラック・モスリムに入信。名前をカシアス・クレイからムハマド・アリに改名した。

67年、ベトナム戦争への徴兵拒否でタイトルをはく奪されるまで9度の防衛に成功したが、アリ氏の強さはこの3年間に集約されている。

代表作が66年11月、クリーブランド・ウィリアムス(米国)を3回TKOに仕留めた一戦だろう。

下がりながらの右ストレートでダウンを奪うシーンが圧巻。「こういうパンチは見たことがない」。リングサイドの記者席では誰もがあ然としたという。

よく架空対決として話題に上がるのがマイク・タイソン(米国)の存在である。タイソンの豪打を浴びたらひとたまりもないのではないか。あの一打をまともに食えば間違いなくキャンバスに崩れるだろう。

しかし、アリ氏のあまりにも早い身のこなしには届かないはずだ。このテクニックがアリ最強説の大きな要因となっている。

追悼式は10日午後、故郷ケンタッキー州ルイビルで営まれた。約1万5000人が参列し、偉大なボクサーとの別れを惜しんだ。

ビル・クリントン元大統領は弔辞で「信念を貫いた真の自由人」と称賛した。アリ氏の人生にはピリオドが打たれたが、その功績は永遠に語り継がれる。(津江章二)