ドイツ代表の監督として1994年アメリカ大会と98年フランス大会のワールドカップ(W杯)で指揮を執ったベルティ・フォクツ。現役時代、旧西ドイツ代表として74年W杯決勝で、あのヨハン・クライフを完璧に抑え切った生粋のファイターは、どこかの“トップリーダー"とは違い自分にも他人にも厳しかった。

そのフォクツは、現役最後にこんな名言を残している。

「代表チームのユニホームを着る限り、いかなる場合も敗れることは許されない」

79年に所属チームと旧西ドイツ代表の間で行われた自らの引退試合で、フォクツに花を持たせようと手を抜き、敗れた代表選手に浴びせたきつい一言だ。

例え遊びの試合であっても、勝利を追求しなければならない特別なユニホームがある。フォクツが示した気持ちのあり方は、日本代表にも共通するものだろう。ただ、世界最強を誇った当時の西ドイツと違って、日本代表が勝てる相手というのは当然限られてくるという現実はあるのだが。

その意味で、今年のキリンカップは結果こそ伴わなかったが、内容的には意義ある大会となった。近年、日本国内でのマッチメークが「強化にさえならないだろう」という疑問を抱かざるを得ないものだったことを考えれば、今回は久々に「当たりクジ」が入っていた感じだ。

欧州選手権開幕直前のこの時期に、来日に応じる欧州の代表チームに大きな期待は正直、持てなかった。各国のシーズンも終わり、バカンス気分で来日するチームが過去には多かったからだ。事実、日本、デンマークを相手にした2試合で11失点を喫したブルガリアは、その類のチームだった。

それでも、愛知・豊田スタジアムで行われたブルガリアとの準決勝は、日本代表にとっていい足慣らしとなった。3月以来、約3カ月ぶりに集まるチームの実戦を通した調整。適度に緩い相手に多彩なバリエーションから、対欧州勢としては最多の7得点を奪った。2失点はいただけないが、選手たちが気持ち良く攻撃のレッスンを行えたのは有効なウオーミングアップといえた。

ゴール祭りで楽しんだ後に、大阪・吹田スタジアムに場所を移した決勝戦。ボスニア・ヘルツェゴビナとの一戦は、このところの親善試合にはない見応えのある内容となった。日本の53位に対しボスニアが20位というFIFAランキングは、あくまでもベストメンバーをそろえた場合。ドイツ1部リーグ得点王の経験を持ち、現在はイタリア1部リーグ(セリエA)のローマ所属のジェコなど主力を欠くチームは、現実的には1・5軍だった。それでもW杯本大会に、このレベルのチームがいても不思議はないという実力だった。

ありがたかったのは、そのボスニアが公式戦のように真剣に試合に臨んでくれたことだ。平均身長で日本より約10センチ、体重で約10キロ上回る選手たちが、最前線から最終ラインまでまんべんなく激しいプレスを仕掛け、勝ちにきてくれたことで試合の価値は高まった。

そのなかでアジア勢との戦いでは見えない日本の弱点も露呈した。準決勝で見事なパス回しを見せていたボランチの柏木陽介が、完全に存在感を消されたのだ。それは海外組との明らかな違い。国際試合とJリーグの間には大きな隔たりがあることに改めて気づかされた。

光明はゴールを予感させるチャンスを何度か作り出せたことだ。特に先制点となった前半28分の場面は見事だった。左サイドを独特のリズムで切り裂いた宇佐美貴史のドリブルとラストパス。そして、軸足のかなり後ろのボールをゴールに送り込んだ清武弘嗣の左足シュート。ともに高度な技術の結晶だった。

一方で先制直後の前半29分、そして後半21分に、ジュリッチに許した2得点は、あまりにも不注意だった。1失点目は吉田麻也がホジッチのマークを外したことが発端となった。そして決勝点はフリーキックを受けたステバノビッチに長友佑都が簡単に振り切られた。ハリルホジッチ監督は失点場面を「頭のなかがバカンスだったのでは」と表現したが、集中力が保たれていれば防げたかもしれない失点だけにもったいないというのが正直なところだろう。

アジアが舞台ならば、日本の守備が極端な破綻をきたすことはないだろう。ただ、宇佐美など新戦力が台頭してきた攻撃陣と違い、4枚で組む最終ラインは活性化されていない。右サイドを宏樹、豪徳の2人の酒井が争うだけで、吉田、森重真人、長友の3枚は不動。ここに割り込む選手が現れなければ、日本はブラジル大会とほぼ変わらないメンバーでロシア大会を戦うことになる。それでW杯での結果を変えるとなると、かなり難しいだろう。

試合後、ハリルホジッチ監督は日本を悪い意味での「正直者」と表現するとともに、実質的に1・5軍でも「ボスニアのほうがリアリスト」と評価した。彼らの方がサッカーの本質を知っているというのだ。その最大の要因は、常にシビアな試合を経験しているからだろう。久々に緊迫した親善試合を見て、代表チームのユニホームが持つ価値を高めるには、厳しさのあるマッチメークが不可欠。もっと選手たちがサッカーを理解することだと思った。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。