横綱白鵬と大関稀勢の里のマッチレースに沸きに沸いた大相撲夏場所は、活況のまま幕を閉じた。第一人者の威厳を示した白鵬が賜杯を抱き、稀勢の里も7月の名古屋場所に横綱昇進の夢をつないだ。だが、2人が演じた最高峰の闘い以外にもドラマは多かった。新しい一歩、けがからの再起、けがによる挫折…。力士の人生模様はさまざまだ。

幕内前半戦で徐々に注目を集めたのは、2場所ぶりに再入幕した遠藤だった。昨年春場所で左膝に重傷。九州場所の頃には右足首も痛めるなど、けがに泣いてきた。「これからって時だったんですけどね」と苦笑いした姿に、悔しさがにじみ出ていた。4月の春巡業も休み、部屋では全体の稽古が終われば一人で足首に重りをつけて、復調を目指した。土俵に立っているときは華やかなイメージのある角界屈指の人気者だが、淡々と努力する表情は他の若者と変わらない。かつて20本ほどは当たり前だった懸賞金は数本にとどまるようになった今回の夏場所。突っ張って、左を差して前に出るという小細工なしの取り口は目を引いた。後半戦には患部への負担も増した。その状況での11勝には「光」があっただろう。「これからの相撲人生に必要だったと思うようにしないと…」と正面からけがと向き合い、突破口を開こうとしている。

もう一人、けがで岐路に立った力士がいる。大関照ノ富士だ。昨年秋場所で右膝の靱帯(じんたい)を痛め、さらに左膝の半月板も負傷した。横綱に最も近いと評され、飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、完全に失速。夏場所では大関の1場所最多連敗記録の13連敗と、屈辱的な成績に終わった。何より闘志を前面に押し出していた雰囲気も消えていた。心と体のバランスは崩れ、いつ休場してもおかしくない状況だが出場にこだわった。「気持ちとけが。壁というものは初めて。どうやったらいいか分からない。このまま休んじゃうと分からないまま」とこぼした。昨年は初優勝と大関昇進を決めた5月の土俵で、今年はもがき苦しんだ。

番付に違いはあるが、大相撲の人気回復に貢献した2人が対照的な姿をみせた夏場所には、国技の持つ人間的な面が映し出された。抱える葛藤は本人にしか全てを理解できない。7月の名古屋場所では幕内中位に番付を戻すであろう遠藤が順調に歩み続けるか分からないし、2度目のかど番となる照ノ富士が復活する保証もない。勝負の世界は厳しいし、運も平等に巡ってはこない。

ただ、変わらないのは次の一歩は踏み出していることだ。1年後、2人はどんな姿に成長しているだろうか。目の前の闘いに息をのむのも大相撲の醍醐味(だいごみ)なら、長い目で力士の生きざまを見つめるのも魅力の一つだろう。力士の人柄あふれるファンサービスは不祥事の続いた大相撲に観客を取り戻すきっかけになった。今度は人気定着のためにも、シンプルに言えば、人生を懸けた必死でなりふり構わない姿が、より多くのファンの心を捉えてほしいと思う。

七野 嘉昭(しちの・よしあき)1984年、岐阜県出身。東京外大でカンボジア語を専攻し、2008年共同通信入社。09年末、福岡支社に異動し、プロ野球ソフトバンク、サッカー、ゴルフなどを取材。13年末から東京本社で相撲、ボクシングなどを担当。