この組織はどこかおかしい。新国立競技場のデザインのやり直しやエンブレム問題、聖火台問題など次々と問題を起こしている2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会が、主会場の新国立競技場に隣接する神宮球場をめぐって一騒動を起こしている。

20年東京五輪は7月24日から8月9日、パラリンピックは8月25日から9月6日の日程で行われるが、組織委は大会の準備や運営に必要になるとして、同球場を5月から11月までの長期にわたって借用したいとしている。

▽聖地が資材置き場に

20年東京五輪では野球・ソフトボールの復活が有力だが、神宮球場はそのための球場ではなく、資材置き場やボランティアの待機場所としてのテント村になる構想だ。

神宮球場はヤクルトの本拠地であり、東京六大学や東都大学のリーグ戦が行われる「大学野球の聖地」といわれ、さらに高校野球の東京都大会などでも使われている。年間300試合ほどが開催されている。

組織委は球場側には「5~11月の不使用」を伝えていたと思われるが、プロ野球、大学野球、高校野球の関係者らは4月5日の新聞報道で初めて知ることになった。

さらに遠藤五輪担当相の「五輪に協力するのは当たり前」という発言。困惑していた関係者が激怒したのは想像に難くない。

▽火に油を注ぐ対応

世間の厳しい反応に、組織委は11日になってやっと野球関係者に説明して回ったが、ここでの対応が火に油を注ぐことになる。

そこでは20年7~9月の大会前後に球場の使用中止を要望したとされる。「資材置き場やボランティアの待機場所に(国立競技場にごく近い)球場を使いたい。できるだけその期間を短くしたい。協議を継続したい」という話だった。

当初の5~11月使用禁止から短くなっているが、そこにも不信感が生まれている。「しっかりした構想がない」と。

▽代替球場は?

野球関係者が怒るのは、4年後のこととはいえ組織委が何ら具体的な対応策を持っていないことだった。

当初の5~11月ならヤクルトは今年の公式戦に当てはめれば、約50試合をどこか違う球場で開催しなければならない。

神宮球場の莫大な広告収入や年間予約席に影響が出るのは必至で、衣笠剛ヤクルト球団社長は「大会期間中にヤクルト戦で3万人がくれば警備は大変になる。それは分かるが、では他の球場でとは簡単にいかない」と困惑している。

大学野球はもっと深刻な事態になる。4、5月の春と9、10月の秋のリーグ戦と、6月の大学日本一を決める全日本大学選手権や11月の明治神宮大会に影響が出る。

代替球場を探そうにも、関東では他の大学リーグなどがひしめいている状態で、現在でもどの連盟も球場を確保するのに四苦八苦している。

▽神宮=東京六大学野球

これまで神宮球場の改装等に資金提供し、神宮球場といえば東京六大学野球といわれる関係にある同連盟は「組織委から貸してほしいという旨の申し出があることは球場から聞いているが、連盟に正式な要請はきていないので答えられない」と突き放している。

東都大学連盟は「組織委とは説明というか、おわびに近い形でお会いした。ひと言でいうと、組織委の中で野球(の運営)のことを知っている人がいないのでしょう。まず、そこから始めるのは大変なこと。補償の話も当然出てくる」と、逆に組織委を心配すらしている。

1964(昭和39)年の前回の東京五輪は、10月10日が開会式で秋に行われた。そのときの東京六大学と東都大学のリーグ戦は五輪期間中の約3週間、リーグ戦を休み五輪後に再開している。

今回もそうだが、どのスポーツ団体も国を挙げての一大イベントに協力することにやぶさかではないだろう。だから余計に組織委がしっかりした対応をしなければいけない。

新聞報道で関係者が知ることはあってはならないだろうし、組織委が「上から目線」といわれる体質を変えなければ、何事もうまくいくはずがない。

▽心配な神宮外苑スポーツ再開発

20年東京五輪を契機として、東京都と組織委などが明治神宮外苑のスポーツ施設の再開発で合意している。

新国立競技場を軸に、五輪後に球場隣の秩父宮ラグビー場の跡地に「新神宮球場」を造り、今の神宮球場付近に「新秩父宮」を建設して、この都心をスポーツのメッカにする構想だ。しかし、早くも一部には「実現しない」と冷めた見方がある。

▽日本シリーズが初ナイター

前回の東京五輪の思い出は強い。私は大学生で大阪に住んでいたが、それでもアジア初のオリンピックに大注目だった。

ただ、野球好きの私は大会開幕直前まで「御堂筋シリーズ」と銘打たれたプロ野球日本シリーズ、阪神―南海(現ソフトバンク)に夢中だった。

この年のプロ野球も五輪に協力する形で日程を早め、3月中旬に開幕。日本シリーズも五輪開幕までに終わらせる予定だったが、雨の影響で第7戦は開会式当日の10日。南海が優勝したが、それまで昼間に行われてきた日本シリーズが史上初めて全試合ナイター開催となった。

余談だが、この年のセ・リーグは阪神と大洋(現DeNA)が最後まで大接戦を繰り広げ、阪神の優勝は10月1日のシリーズ第1戦(当初は9月29日開幕予定だった)の前日の対中日ダブルヘッダーの第1試合で決まった。懐かしい記憶である。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆