「第2コースは棄権します」。アナウンスに一瞬、耳を疑った。スタート台に立つはずだった松田丈志(セガサミー)の姿がない。競泳の日本選手権第2日、4月8日のことだ。世界選手権の代表を懸けた大会で、松田は男子200メートル自由形の出場を取りやめ、予選を棄権した。この種目の決勝と同じ日に予選と準決勝がある、200メートルバタフライに専念するためだった。

200メートル自由形は、男子800メートルリレーの代表を争うレース。同リレーの日本は、前回の世界選手権で3位の中国にわずか0秒21及ばず5位だったが、ことしの世界選手権、そして来年のリオデジャネイロ五輪でメダルを狙う種目だ。松田は代表入りするだけの力は持っていたし、大黒柱としてリレーメンバーを束ねる役割も果たせる存在だ。

しかし松田は「もう一度、200メートルバタフライで自分らしい泳ぎをして優勝したい」と、2008年北京、12年ロンドン五輪で2大会連続銅メダルを獲得した、ひときわ思い入れの強い種目に懸けた。ロンドン五輪以降、この本命種目では納得のいく泳ぎができていない。13年の世界選手権は決勝に進めず、昨年の仁川アジア大会では若手にこの種目の代表を譲ったが、松田の代名詞といえばバタフライ。誰もが認める猛練習を積んで、全盛期の“怪物"マイケル・フェルプス(米国)に勝負を挑み、食らいついてきた。

国内では瀬戸大也(JSS毛呂山)らが台頭し、代表争いが熾烈(しれつ)な種目の一つだ。代表枠は最大で「2」。3位以下なら世界選手権への道は絶たれる。松田はレースの2日前まで悩んだ末に、バタフライ1本で勝負することを決断した。幼少期から松田を指導し、一昨年コンビを復活させた久世由美子コーチは「安全パイはいらない。どっちつかずになるのは嫌。もし代表に入れなくても後悔しない、リオまで迷わないというなら、(自由形は)棄権してもいいんじゃないかという話をした」と明かした。

覚悟を決めて挑んだレースは、序盤から軽やかな泳ぎで150メートルをトップで通過した。強い決意を体現するかのような積極的な泳ぎっぷりだったが、松田の武器である最後の50メートルで推進力を失った。結果は3位。代表から外れた。それでもへこたれた様子は見せなかった。「最後は持たなかったが、最高の泳ぎができた。可能性を感じている部分はある。リオデジャネイロ五輪は何としても出たい舞台。簡単には諦め切れない」との力強い言葉に心を打たれた。

松田と同じように、ベテランの藤井拓郎(コナミ)も選択を迫られた。ロンドン五輪で男子400メートルメドレーリレーの最後の自由形を泳ぎ銀メダル獲得の立役者となった男が、100メートル自由形を泳がず、日程の重なった100メートルバタフライに懸けた。藤井はレース前から「負けたら引退」と宣言。腹をくくって臨んだレースでは、終盤に猛然とまくって優勝した。レース後のインタビューでは「引退かもしれないので両親が見にきてくれましたが、どうやらもう1年やれそうです」と笑いを誘った。

多種目挑戦で注目を集める万能スイマー、萩野公介(東洋大)を筆頭に、このところ「どの種目を泳ぐのか」ということが大事な取材テーマになっている。萩野は昨年、一昨年の日本選手権で6種目にエントリーしたが、ことしは背泳ぎ2種目の出場を見送り、4種目にとどめた。憧れのフェルプスのように、泳ぐ種目すべてで金メダルを取れれば理想的だが、萩野は「自分はまだ世界で金メダルを取っていない。まず金を取ることを最重要として今年はやっていきたい」という。背泳ぎはもともと最も得意とする泳法だけに、葛藤はあっただろう。3月まで悩み、最も頂点に近い個人メドレーを最優先した。

対照的に、ターゲットを広げつつあるのがライバルの瀬戸だ。萩野と覇権を争う個人メドレー2種目に加え、昨年は200メートルバタフライでブレークして世界一を狙える位置にいる。日本選手権では、松田が欠場した200メートル自由形でも萩野に次ぐ2位に躍進し、リレーの代表の座も確保。さらに、これまであまり泳いでいない100メートルバタフライにもエントリーしていた。結局出場は見送ったが「一つでも多く代表権がほしい。絞ったら絞ったで集中できると思うが、たくさん泳いでふらふらになって、それでもふたを開けたらいい結果、ということも多い」と色気を隠そうとしない。

平泳ぎと個人メドレーを泳ぐ女子のエース、渡部香生子(JSS立石)も含め、日本でも多種目で世界に通用する選手が増えた。エントリーはそれぞれの種目で自身の立ち位置を見極めることに加え、競技日程、順序にも左右される。様々な思惑が入り交じり、その結果に悲喜こもごもがある。五輪イヤーとなる来年は、ことし以上に競技人生の分岐点となる選択もあるだろう。各選手の思い、個性が表れるこうした種目選びも、競泳の一つの面白みだと思っている。

菊浦 佑介(きくうら・ゆうすけ)1983年生まれ。鹿児島県出身。2006年共同通信社入社。福岡支社運動部、大阪支社社会部を経て10年5月から本社運動部で水泳、スピードスケート、東京五輪などを担当。