サッカー選手が頻繁に口にする大好きな言葉がある。「自分たちのサッカーをする」だ。このフレーズに対しては、惨敗した昨年のW杯直後から多くの批判の声が出た。相手と入り乱れて戦うボールゲームの場合、考えた通りに物事が運ぶのは、相当の実力差がある以外は稀だ。ただ、もし自分たちの思い描いたゲームプラン通りに試合を進められるのであれば、これほど楽しいことはない。そして「自分たちのサッカー」を目指すのは、選手として当然のことだろう。

12日のJ1第1ステージ第5節。ホーム・等々力陸上競技場に浦和を迎えた川崎は、その簡単ではないその作業をあくまでも貫こうとするチームと言えるだろう。

第4節を終えて4位につける川崎に対し浦和は首位。当然のことながら、上位のチームほど「自分たちのサッカー」に関しての完成度が高い。その中であえて本来のスタイルを封印したのは、浦和だった。ペトロビッチ監督就任以来、等々力陸上競技場では一度も勝ったことがない。というよりも4戦全敗。指揮官をして「相手を内容で上回っても、カウンターでやられていた」という過去の歴史があったからだ。

就任4年目となる風間八宏監督が、川崎に植え付ける日本版「ティキタカ」。バルセロナのようにボールを保持し続ける川崎に対し、この日の浦和はプレスを仕掛けるラインを下げる戦略をチョイスした。相手の誘いに安易に乗らない慎重な守備で、Jリーグでは特異な戦い方を演じる川崎に対応したのだ。

前半、主導権を握ったのは川崎だった。ゲームのコンダクターとなる中村憲剛、大島僚太の2ボランチを中心に、ボールが動けば周囲の選手が素早くそれに反応してポジションを変える。サッカー用語でいうDFとDFの間にできる「門」に巧みに選手が入り込む。そこに次々とパスが供給されるので、浦和の選手はボールの取り所を失った。そして無理に奪いに行けば軽くいなされる。練習時のボール回しで行われる「鳥かご」のような状態が数多く見られた。

ただ、その浦和にしてもやられるばかりではない。前半14分には関根貴大、32分には槙野智章が惜しいシュートを放つ。

そのような中、前半35分に川崎の先制点が生まれる。それまでは早目のクロスを入れていた左サイドバックの車屋紳太郎が勝負に出た。レナトからのボールを受けると、対面する関根をドリブルで強引に抜き去り、ゴールラインまで持ち込んでのマイナスのパス。フリーとなった森谷賢太郎が右足ダイレクトで合わせてゴールネットを揺らした。

「紳太郎がすごくいいボールをくれた」。それは疑いのないことだが、森谷のシュート自体もかなり難易度の高いものだった。シュート直前、森谷の体は左に向いていた。その体勢のままシュートを放っていれば、ゴール枠を左に外した可能性が高い。しかし、森谷はシュートの瞬間、軽くジャンプして軸足を浮かせ体の向きをゴール方向に修正。しっかりと面を作った右足インサイドでのインパクトは、かなりの技ありだった。

川崎が1点をリードして迎えた後半、試合の状況は一変した。試合後に中村が「守備を基盤にしてカウンターを狙った」と語っていたが、川崎が自陣に引いたために浦和が攻勢に出る展開となった。しかしながら浦和もチャンスは作るもののフィニッシュの精度を欠き、ゴールをこじ開けられない。今回も「等々力の呪縛」から抜け出すことはできないのか。時間は刻々と過ぎ、5連敗は間近に迫っていた。

困難な状況のなかで、試合を振り出しに戻すきっかけを作ったのは関根だった。前半に車屋にドリブルで振り切られて先制点を許す原因となったが、その汚名返上とばかり今度は自らのドリブルでFKを獲得。同点のチャンスを生み出した。

右サイドからゴール前に上げた柏木陽介のFKは、ニアサイドに飛び込んだズラタンにピッタリと合った。移籍後、まだ無得点だったズラタンはこのボールをヘディングでとらえ、ゴール。首位をキープする値千金のゴールが決まったのは後半44分だった。昨シーズン終盤まで首位に立つも連敗を喫して優勝を逃すなど、勝負弱さを感じる浦和には見られなかった粘り腰だった。

それにしても、川崎のサッカーは見ていて楽しい。特に前半はプレーしている選手たちも楽しかっただろう。Jリーグにもこのような「自分たち」の個性を持ったチームがあるのはいいことだ。そのなかでさらにこのチームが観客の心を奪うために必要なのが、ゴールを奪うための勝負どころの回数だろう。

風間監督が「選手がどう勝つかということがすごく分かってきた」というチーム。川崎の今後の進化がどうなるのか。かなり期待が持てる。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。