滑り出しは上々だろう。2015年シーズンのJ1開幕戦。9会場の全試合でゴールが生まれた。その数、30。他の種目に比べて、得点場面の少ないスポーツ。それがサッカーだ。だからこそゴールの生まれる瞬間に、見る者は希少性の興奮を覚えるのだ。

3月7日、8日の両日に行われたJ1。9試合での合計入場者数は19万3848人だった。開幕戦で1試合平均2万人を超えるのは6年ぶりだそうだ。アジアカップで尻すぼみに終わった日本代表の影響を心配していたが、どうもJリーグのコアなサポーターとは層を別にしているようだ。

そのような中、ある選手に注目して日産スタジアムに足を運んだ。川崎の大久保嘉人を見るためだ。J1の登録選手が何人いるのかは正確な実数を知らないが、今シーズンのリーグで、彼はただ1人の特別な立ち位置にいる。Jリーグ史上、誰も成し遂げたことのない3年連続の得点王を狙う権利を持っているのだ。

2年連続で得点王を獲得した選手はこれまでに2人いる。磐田時代の前田遼一(現FC東京/09年、10年)と元名古屋のケネディ(10年、11年)だ。2人が3年連続に挑んだシーズンの結果は、前田は首位に5点差の6位(14点)と健闘したものの、ケネディは怪我の影響もあり5ゴールに止まっている。

トップスコアラーといえど、3年連続で好調を維持するのは困難なことなのだろう。加えてストライカーは、相手DFにとっての最重要危険人物。常に監視の目に晒されている。その状況で得点を奪い続けるのは容易ではない。

横浜Mと川崎の一戦。試合開始と同時に大久保を探したのだが、すぐにはわからなかった。日産スタジアムは、スタンドからピッチまでの距離が遠い。しかも、水色の背番号もかなり見にくい。そのような中、赤茶色の髪の毛をした1人の選手の動きが切れている。新加入の外国人かなと思っていたら、それがはからずも大久保だった。

大久保の強みは、点取り屋に多く見られるペナルティーボックス内の仕上げだけにおさまらないことだ。ときにドリブラーであり、キャノンシューターでもある。その多彩な表情の一面をのぞかせたのは前半18分だった。左サイドから内側に持ち込んでの右足での30メートル近いシュート。弾道は急激にブレた。最初に右に重心を移したGK榎本哲也が、体勢を崩しながらも左足でブロックする美技を見せたが、いわゆる予測不可能の魔球だ。この種のシュートにはかなりの筋力がいる。そのキックを迷わず繰り出せるというのは、好調を意味するのだろう。

急激なターンによる方向転換と加速力で1対1の勝負を挑む。そうかと思うと、簡単にボールを味方に預ける。守備側から見れば、なんとも焦点の絞れないターゲットだ。点取り屋に必要なのは、相手を油断させること。やる気を悟られないことも大事なのだ。

我“感ぜず"を装いながら、一瞬にしてスイッチを入れる。3年連続得点王への第一歩となる後半27分のゴール場面は、まさにそれだった。川崎が左サイドでボールをつないでいた場面で、大久保はオフサイドラインとの駆け引きを、ゆっくりとした歩調で何度か繰り返した。そして勝負どころと見るや一気にDF2人の間に入り込み、フリーでヘディングを叩き込んだのだ。

「ケンゴ(中村憲剛)さんなら、あそこに蹴るなと思ったから」

躊躇なく飛び込んだのは、この2人の間にだけ成り立っているあうんの呼吸というやつだろう。ニアポスト際は高さに絶対の自信を持つ中澤佑二がカバーしていた。ゴールを生むスペースは、その中澤とGKの間にできたわずかな空間。グラウンダーでもなければ、DFをひと山越すボールでもない。その限られた空間に、ライナー性のラストパスをピンポイントで通してみせた中村の技術の高さにも脱帽だった。

職人的ラストパサーと生粋の点取り屋。絶対的ホットラインというものが見当たらなくなって久しいJリーグで、「憲剛→大久保」のラインは必見に値する。事実、大久保がゴールを量産するようになったのは川崎に移籍してきた3年前から。自分がボールを受けたいエリアを瞬時に見つけ出してくれる、特異な能力を持った相棒を得てからなのだ。

3年連続の偉業に挑むシーズン。大久保は「狙っていきたいですね、得点王」と意欲を見せる。目標とする数字を聞いたら、「30点」と答えた。この言葉通りなら、川崎の試合に足を運んだ人は、高い確率で大久保のゴールシーンを目撃することができるはずだ。

テレビもいいが、生で味わうゴールの興奮は格別だ。ぜひ多くの人にその感覚を、スタジアムに足を運び、肌で受け止めてほしい。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。