寒かった冬もようやく峠を越えた感があるが、サッカー界でも新シーズンの到来を告げる富士ゼロックス杯スーパーカップが今週末の28日に行われる。前年度のリーグチャンピオンとカップ戦の王者が、リーグ開幕の一週間前に戦うこの形式。1908年に本家・イングランドで生まれ、いまでは世界中に定着したと言っていいだろう。

イングランドでの現名称は「コミュニティー・シールド」だが、かつては「チャリティー・シールド」と呼ばれていた。目的は読んで字のごとく、慈善事業の一環。恵まれない人に対する寄付金を集めるために行われていた試合だった。

東日本大震災以降、日本人の慈善に対する意識は大きく変わった。だが、それが十分かというと必ずしもそうとは言えない。もしJリーグ、そして日本サッカー協会がサッカーという競技を日常生活に溶け込んだ文化として根付かせたいのなら、大会方式だけではなく、その精神こそ見習ってほしい。

スーパーカップを戦う両チームに与えられる賞金のすべてとまではさすがに言わない。だが、一部を慈善事業に寄付するというシステムができあがれば、ほかのスポーツ団体も倣うだろう。そのことが日本人のスポーツ全般に対する理解にもつながるのではないか。

2020年に東京五輪を控えるいまがチャンス。スポーツがアスリートやファンのものだけではなく、国民全体を幸せにするものと誰にも感じてもらえるのが理想だ。サッカー界には、日本人の意識を変えることにつながるきっかけを提起してほしい。困っている人の助力になる行為。これを嫌がるスポンサーはいないだろう。

海外では、個人で慈善事業に積極的に関わっているスポーツ選手がよく報道される。では、日本のスポーツ選手がそのような活動を行っていないかというと、そうではない。実を言うとかなり数の選手たちが行動を起こしている。

ただ、日本人のある意味での美徳かもしれないが、その事実を報道しないでくれという選手や関係者がかなり多い。特別なことをしているとか、偽善と見られることを嫌がるからだ。このように思われること自体が、日本ではまだ慈善行為が定着していない証拠なのだが…。それでも、苦しんでいる人の立場にあれば口先ばかりの善人より、例え偽善であっても行動を起こしてくれる人のほうがありがたい。それは間違いないことだろう。

個人で行動を起こせば特別視されることも、大きな団体であれば誰もが違和感なく受け入れる。それならばサッカー界が、チャリティーをすることそのものが当たり前となる風潮を作り出せばいい。選手もためらうことなく、それに続けるというものだ。日本サッカー協会やJリーグといった団体は、日本人のチャリティーに対する考え方を変えられる貴重な存在だと思うのだが。

サッカー協会は将来の日本を背負っていく子供たちに対し、すでに素晴らしい活動を行っている。彼らの心の成長を後押ししようと、2007年4月からスタートした「JFAこころのプロジェクト」の「夢の教室」だ。

子供たちに夢を持つことの大切さを伝えるこの「教室」では、「ゲームの時間」と「トークの時間」を通し、目標に向かうことの大切さを子ども自身に考えさせる。サッカーを教えるわけではないので、講師となる“ユメセン"(夢先生)は、水泳やスケート、野球、K-1など各競技のアスリートに加え、他分野の賛同者も務めている。

“ユメセン"は、これまでに日本を含む17カ国で計6983回(2月25日現在)開催され、FIFAにも大きな評価を受けている。これだけでも日本のサッカー界は社会貢献に対する豊富な実績を築いてきたといえる。そのノウハウを活用し、他競技とさらに協力できれば。スポーツ界はさらに大きな枠組みで人々に喜ばれる活動ができるのではと思うのは、僕だけではないだろう。

冬の長い北国で生まれ育ったためだろうか、個人的には周囲の仲間より春に対する憧れが強い気がする。その喜びは春とともにシーズンが開幕するJリーグに対しても同じだ。ところが、2011年だけはそのJリーグを重い気持ちで迎えた。「3月11日」があったからだ。あれから4年近い年月が過ぎた。そしてまだ助けを必要としている人たちが数多くいるという事実が、この国にある。それは悲しいことだ。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。