性分なのかどうなのか。華やかな舞台で活躍する人物にはもちろん魅力を感じるが、どちらかというと表舞台を支える職人気質の人たちに目を奪われる。警察担当の記者をしていたときは、犯人と対峙する捜査官よりも検挙につながる物証を探し出す鑑識課員、死因を特定する解剖医や検視官の元に足を運んではその技術の一端を興味深く聞かせてもらった。事件とスポーツでまったく現場は異なるが、横綱白鵬が大鵬に並ぶ歴代最多32度目の優勝を成し遂げて幕を閉じた今年の大相撲九州場所で、45年以上にわたって花形力士を引き立て続けた男性から仕事と向き合う奥深さを教えられた。

結びの一番を前に、きれいに整えられた土俵に一人上がる。たっつけ袴に白扇を広げて「ひが~し~白鵬、に~し~…」と名調子で力士を呼び上げると、館内からは「秀男」のかけ声。そこから観衆の視線は土俵に上がる力士に向いていく。そんな一連の流れを生み出し続けてきた64歳の秀男(本名山木秀人、朝日山部屋)が12月末で65歳の定年を迎えるに当たって九州場所を最後に引退した。話を聞かせてもらおうと場所中に喫煙場所で大好きな一服をしているところにお供させていただいた。見た目は常に飄々としているが「初日は頭が真っ白で何をしていいかわからずに会場を3周したよ」と照れ笑いを見せた姿が印象的だった。

呼び出しの仕事は多岐にわたる。午前8時半頃から始まる取組の前に土俵をほうきで掃き清め、会場前ではその日の始まりを知らせる「一番太鼓」を櫓の上からたたく。取組の合間には水をまいたりして次の取組に備え、土俵下の審判や力士の座布団の準備も仕事の一つ。取り決めもさまざまでほうきで掃くときは右から左へ動かし、力士の呼び上げる順番は奇数日が「東から西」、偶数日は「西から東」となっている。

相撲取材の日が浅い私が作業やその取り決めの意味を問うと、「意味を考えたら駄目。その一つ一つの所作をこなして大相撲の空気が生まれる。わたしたちに必要なのはそれを完璧にこなすこと」とたしなめられた。なるほど言い得て妙だ。「おれたちはどれが捜査に必要かを考え過ぎてはならない。私見が入るとねつ造につながる恐れがあるから。淡々と正確な証拠を見つけるだけ」と語っていたあるベテラン鑑識課員がふと脳裏に浮かんだ。ともに色気を出すわけではなく、自らに課せられた役割を過不足なくこなしてきた職人の言葉。頭が下がる思いがした。

団塊の世代が大量に定年退職するにあたって数年前に話題になったあらゆる現場での技術の継承。秀男もその世代だ。呼び出しのなり手が不足しているという新聞記事を見て「じゃあおれが」と角界に飛び込んだものの同世代はおらず、すぐ上の兄弟子は10歳年上という中で、培ってきた経験と実績はなかなかまねできないものだろう。それでも「少しでも自分の背中を見て覚えてくれていることがあるといいね」と拍子木と白扇を置く。後進に道を譲る男の立ち振る舞いから、この先も長い歴史を刻んでゆくであろう国技を引き立たせる技術が受け継がれていってほしいと思う。

藤原慎也(ふじわら・しんや)1984年生まれ、大阪府出身。全国紙で5年間、主に警察、司法を担当し、2014年4月に共同通信に入社。名古屋支社でフィギュアスケート、ゴルフ、大相撲などを取材。