人間のサガとは強欲なもので、これまで手元に十分に満足できるものがあったとしても、ついつい新しいものに目が向いてしまう。だから新たに加えられた不確定なものに対しても、その可能性に多大な期待を抱いてしまう。

新しい指導者が来たら、以前には見られなかったものを求めてしまうのは、サッカーに限らず致し方ないことなのだろう。ただ根幹を成すものまで変わってしまっていいものだろうか。それは違うと思う。

例えば自動車になぞらえるとして、セダンからスポーツカーに乗り換えたとする。新車には高性能のターボが搭載されていて、抜群の加速性能を見せる。それでも自動車にとって一番大切なのは制動力。ブレーキがよく利き、ハンドル操作が正確に路面に伝わることが大前提なのだ。

日本代表の今年最後の活動となる11月シリーズ。ホンジュラスとオーストラリアの2試合に招集されたメンバーは、ある意味で驚きだった。就任以来、アギーレ監督は「この選手は誰」というような新戦力を積極的に登用してきた。それが、ここに来ての先祖返りだ。4年後のワールドカップ(W杯)ロシア大会では38歳となる遠藤保仁、35歳の今野泰幸を復帰させた上に、2試合の先発メンバーは22歳の武藤嘉紀を除いた10人がブラジルW杯組となった。

10月シリーズまでの4試合。選手の話を聞いても「これといった具体的な戦術的指示がない」という状態だったアギーレ監督。現時点での日本の世界における立ち位置を測れるブラジル戦さえも、新戦力の発掘に使ってしまったチームマネジメントには、周囲から疑問の声が上がりかけていた。その声を受けた訳ではないだろうが、ここに来て現実路線にかじを切ったようだ。最大の要因は、来年1月に迫ったアジアカップだろう。

「代表チームは、決して負けてはいけない。常に最強でなければいけない」

かつて西ドイツの「火の玉小僧」といわれ、ドイツ代表監督も務めたベルティ・フォックツ。彼は自らの引退試合で、所属するボルシア・メンヘングラッドバッハに敗れた西ドイツ代表に苦言を呈したことがある。まさしくその通りだと思う。

その意味でアギーレ監督のチーム作りには、個人的にも不満があった。W杯では結果を残せなかったが、ザックジャパンは日本代表の歴史の中でも相当に強いチームだった。そのチームをベースに、徐々に若返りを図ればいいのに、チームを一度白紙に近い状態に戻し、ザッケローニ時代に積み重ねたプラス面も失った。それが内容にも乏しい4試合だった。

確かにアギーレ監督の最終目標は4年後のW杯ロシア大会だ。ただ、4年後のW杯本大会に確実に出場できるという保証はなにもない。そしてEURO(欧州選手権)やコパアメリカが、欧州や南米の国々にとってW杯と同等の価値を持つのと同じく、日本にとってのアジアカップはとても重要な大会なのだ。それを考えれば、現時点で考えられる最強の日本代表を送り込むのが筋だろう。

アギーレ体制になり、新たに招集された選手には酷な評価となるが、彼らに比べるとブW杯ブラジル大会組は選手としての格が一枚上だった。現時点での、ほぼ最強の日本代表。2戦を通して唯一の新メンバーとして先発した武藤は「ボールが収まるので、余裕を持ってプレーできた」とホンジュラス戦の後に語っていた。安心して見ていられるチームだからこその6―0の大勝だったといえる。

続くオーストラリア戦は、前の試合より緊張感のある内容だった。そのなかでアギーレ体制が採用し続けてきた4―3―3システムの問題点も露呈した。中盤のアンカーを務めた長谷部誠の両サイドにできるスペースを埋めることができないのだ。

2人のMFの後ろにアンカーを置くシステム。これはW杯南アフリカ大会で阿部勇樹を起用して成功した。ただし日本の場合、アンカーが成功した例は、チーム全体が守備的な戦いを選択した場合だけに限られている。攻撃的なサッカーを志向したときには、うまく機能していないというのが現状だ。

その弱点が修正されたのは前半35分過ぎだった。遠藤が1列下がり、長谷部との2ボランチになった4―2―3―1。いわゆるザックジャパンのシステムに変更したあと、日本は見違えるようなサッカーでオーストラリアを手玉に取った。終盤に天敵ケーヒルに1点は許したが、内容的には満足のできる2―1の勝利を収めることになった。

何が一番大事なのか。原点に戻って考えれば簡単だ。システムが大事なのではない。選手が最も実力を発揮できる環境を与えた結果のシステムということだ。気がつくと、ベンチにいるのはアギーレ監督だが、強さを見せたのはサッケローニのサッカーだった。

本筋を押さえさえすれば、割り切ることも大切だ。W杯ロシア大会に向けたアギーレ色のチーム作り。それは来年2月以降に考えればいい。そしてアジアカップを、ブラジルW杯組の集大成にするのだ。

来年1月のアジアカップまでは、新指揮官の思い描いた設計図とは多少異なるかもしれない。それでも強い代表チームが勝ち進む姿を喜ばない国民はいない。なによりもブラジル組の心の中には、彼の地に置き忘れた何かがあるはずだ。それを取り戻しにいっても、文句を言う物は誰もいないだろう

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。