ボクシングの元世界ヘビー級チャンピオンで、時代を超えたヒーローでもあるムハマド・アリ(米国)。今からちょうど50年前の1964年、初めて世界王座を獲得。その後、兵役拒否などで長期ブランクを余儀なくされ、王座カムバックは至難の業と思われていた。

そして40年前の74年10月30日、無敵の王者ジョージ・フォアマン(米国)からタイトルを奪うとは誰が予想しただろうか。

この歴史に残る大番狂わせのドラマは、「キンシャサの奇跡」としてボクシング史の1ページを飾っている。

当時、フォアマンの強さは絶対的なものだった。73年1月、ジョー・フレージャー(米国)を豪快にKO、さっそうと頂点に駆け上った。

防衛戦でもパワーは際立っていた。東京でジョー・キング・ローマン(プエルトリコ)を初回KOに下した後、実力者のケン・ノートン(米国)も難なく2回にKO。メキシコ五輪で金メダルを獲得したエリートは、プロの世界でも圧倒的な存在感を見せていた。

その男とアリがぶつかる。ほとんどの評論家、記者が「無謀の挑戦」と位置づけたほどで、アリの苦戦は必至と見られていた。

決戦の地はアフリカのザイール・キンシャサ。米国のゴールデンタイムに合わせるため、ゴングが未明の午前4時すぎ。何ともいえない重苦しい雰囲気の中、試合は始まった。

スタートから王者が攻勢をかける。ブルン、ブルンと得意の左右フックを繰り出した。

アリが勝つためには二つの条件が必要と見られていた。王者の強打をかわすには、フットワークを駆使し、ロープを背負わないこと。それを守らなければ勝ちは遠い、というのが大方の予想だった。

しかし、アリは驚く作戦に出る。自らロープに下がり、フォアマンに打たせるだけ打たせ、スタミナを奪い取る。この「ロープ・ア・ドープ」作戦がものの見事に功を奏した。

8回、アリは疲れ果てたフォアマンを捕らえ、最後に右ストレートをクリーンヒットし、鮮やかにKO。奇跡とも呼べるドラマだった。

長いボクシングの歴史には数々の大番狂わせが散りばめられている。そして、このKO劇は間違いなく、トップクラスの衝撃と表現してもいいだろう。

すべてはアリの執念から生まれた。無敵王者を下すため周到に用意した作戦には、称賛の言葉しかない。(津江章二)