巨人が9月26日に3年連続リーグ優勝を決めた。原監督にとって監督通算11シーズン目で7度の優勝、2度目のリーグ3連覇だった。

巨人の歴史を見ても、3連覇以上を達成したのは9連覇の川上哲治氏、5連覇と3連覇の水原茂氏しかいないのだから、とにかく評価しなければいけないだろう。

今年も圧倒的な戦力を持つと言われた巨人だが、ふたを開けてみればそうでもなかった。

阿部や村田の打力が安定せず、投手陣も内海や沢村らが計算通りに働かず、苦戦を強いられた。

それこそ毎日のように打線を入れ替え、クリーンアップを打つ打者だろうが、送りバントを命じる。先発投手も1、2軍を総動員してやり繰りした。戦力層の厚さでなんとか勝ち取った優勝だった。

▽勝負どころで敗れた阪神、広島

巨人が勝負どころで強さを発揮したのだが、裏を返せば、セの他球団のふがいなさが目についたともいえた。

快調に首位を走っていた広島が交流戦でつまずいたのとは対照的に、巨人は2年ぶりの交流戦優勝を飾る。

しかし、独走に持ち込めない。逆に8、9月と阪神、広島との首位決戦を余儀なくされた。それでも2リーグ制以降、36度の優勝を誇る常勝チームだけに、ここぞという時の強さは際立っている。

なにせ、連続してリーグ制覇できなかったのは最長4シーズン(2003~06年)だから、選手の意識が他球団とは違うのである。

▽怠らない戦力補強

戦う現場の監督のさい配もさることながら、フロントの戦力補強は相変わらず他球団の追随を許さないものがある。

今季で見れば、広島の10勝投手だった大竹、西武主力野手の片岡らをフリーエージェント(FA)制度で獲得し、中日を自由契約になった井端を加えた。「勝つための補強」に躊躇はない。

これが巨人の強みである。例えば過去のFA獲得選手を見てみよう。落合博満、川口和久、広沢克己、清原和博、工藤公康、江藤智、豊田清、小笠原道大、杉内俊哉らそうそうたる顔ぶれである。金持ち球団だからできる補強ではある。

選手だけではない。監督を支える現場スタッフの強化もぬかりない。

今年、1軍打撃担当の橋上秀樹コーチは、かつて名将の野村克也氏のそばでデータ野球を学んでいた。「清武の乱」で巨人を退団した清武英利元GMが2年前にスカウトした人材で、選手の信頼は厚い。

川上監督時代に元中日の牧野茂氏を入団させ、この名参謀の下でV9を達成したのは有名な話である。

他球団もコーチの人材確保に躍起となっているが、巨人との差はついたままという印象である。

▽かつて巨人を脅かした球団

日本プロ野球80年の歴史で、巨人は常にトップを走ってきた。1リーグ時代からの優勝回数は実に45度を数え、2リーグ制になって64年間で日本シリーズでの優勝は22度もある。

そうした巨人を脅かしてきた球団もあった。セ、パの区別なくいえば西鉄、阪急、広島、西武、ヤクルト、中日である。

西鉄は三原脩氏、阪急は上田利治氏、広島は古葉竹識氏、西武は広岡達朗氏と森祇晶氏、ヤクルトは野村克也氏、中日は落合博満氏。

巨人には勝てなかったが、阪急を強いチームに育てた西本幸雄氏もそうで、いずれも名監督といえる人物である。この中で、巨人の心胆を寒からしめたのは森監督時代の西武だったと思う。

1987年の巨人と西武の日本シリーズ第6戦。西武はヒット・エンド・ランがかかっていないのに中前安打で一塁走者がホームインさせる、普通では信じられない走塁でスタンドを驚かせた。

中堅手の緩慢なプレーを計算に入れ、チャンスを狙っていたもので、球史に残るビッグプレーだった。

森・西武は1990年の日本シリーズでは4勝0敗と巨人を圧倒して、巨人の選手に「野球が違う」と言わせたものである。

当時の西武は現在の巨人のようにフロントによるチームづくりがうまくいっており、これに現場のさい配が選手の力を引き出していた。各球団がGMの重要性を認識したものだった。

▽日本一になれるかどうか

巨人がクライマックスシリーズで2、3位の挑戦を退け、日本シリーズで雪辱できるかが注目の的。原監督はこれまで3度、日本一になっている。短期決戦では、選手の調子を見極めることが重要になる。特に今年は「その目」の真価が問われそうである。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆