虎ファンの深いため息が聞こえてきそうである。

阪神は8月26日からの首位攻防の巨人3連戦に1勝2敗と負け越し、ゲーム差は2・5とまた開いた。勝敗以上に力や経験の差、執念の差を見せつけられ、ファンは昨シーズン同様に「勝負どころで勝てない」阪神の姿に落胆するしかなかっただろう。

▽総力戦で臨む試合だった

1勝1敗とした27日の試合後、和田監督は「あした勝たなければ意味がない。勝つか負けるかで変わる」と3戦目の重要性を口にしていた。

球団フロントは和田監督の来季続投を示唆し、報道各社もそれを一斉に報じた。ここで一気呵成と思われた矢先の完敗だった。

先発の藤浪が二回までに4失点したが、内容が悪すぎた。橋本の先頭打者本塁打、投手の沢村に巨人を勢いづかせる適時二塁打を浴び、さらに2適時打されながら続投させた。

藤浪には貴重な経験となっただろうが、明らかに狙ったコースに投げられていなかったし、藤浪―梅野の若いバッテリーに監督がどんな指示をしたのかが見えなかった。

狙い通りに投球できていないと判断すれば、交代させればいい。

前夜、あれだけ3戦目のことを言っていたのだから、この試合は総力戦を仕掛けるべきだった。日本シリーズを想定したような「負けられない一戦」を選手に意識させる絶好の試合と思えたのだ。

先取点の重要性、一球の持つ重み、打たれてはいけない打者への対応など細部にわたるケースはミーティングで確認したはずである。それができなければ次の手を打つしかない。

▽二人の元監督

試合をテレビ観戦しながら、二人の元監督の顔が浮かんだ。一人は星野仙一・現楽天監督であり、もう一人は吉田義男氏だった。二人なら、劣勢になれば即座に手を打つだろうと思った。

私は常々、プロとして生活している以上、例えば先発投手なら五回まで任せた方がいいと思っているが、時と場合による。

ベンチを勝利に向って結束させる術とでもいったらいいか、ここが勝負どころだと思ったら非情なぐらいの采配も必要で、試合の流れを変えるには大胆な起用だって求められる。

吉田氏は球団史上最多となる3度にわたって阪神監督を務めた人で、2度目に就任した1985年に阪神を唯一、日本一にしている。

1975年からの第一次吉田監督の下でヘッドコーチだった“ヒゲ辻"こと辻佳紀氏(故人)から、こんな話を聞いたことがあった。「私の役割はベンチで監督のそばにいて、ピンチになる度に監督のベルトをつかむ。そうしないと飛び出して審判に投手交代を告げる。自分が遊撃を守っている感覚で『打たれそうだ』と思うのだろうね」。

名遊撃手で“今牛若丸"と言われた吉田氏の動きはそれこそ俊敏だったそうだ。辻氏は「選手やベンチに監督が先頭に立って戦っていることを実感させたのは間違いない」とも言った。

75年3位、76年2位とチームを浮上させた。星野監督については言うまでもない。選手たちは監督の動きにピリピリしていた。

▽ヤマ場はもう一度やってくる

知人に一冊の本を薦められて読んだ。東大野球部から初のプロ野球選手になった新治伸治氏の遺稿を一誠会(同OB会)が「野球の基礎と応用」と題して10年以上前に出版したものだ。

新治氏は、東大投手として通算8勝を挙げ、1965年に大洋球団に入り、在籍4年間で88試合に投げ通算9勝6敗の成績を残した。

その本は、新治氏自身の体験、大リーグの原書約30冊を含め多くの技術書を参考にして書かれている。選手引退後に大洋(現マルハ)社員として米国で勤務。現地で集めた大リーグ関係者の情報などをもとにしてまとめた「野球技術の基本の集大成」である。

いわば新治氏の卒業論文みたいなもので防御、攻撃、練習、指導者、データ等々、実に細かく書かれた「セオリー集」である。

その中に番外編として吉田氏に関して新治氏の話が紹介されていた。吉田氏が日本一になるはるか前から「吉田さんにチームを委ねたら必ず勝利する。できることなら大洋に迎えたい」と漏らしていた。

理由については書いていないが、遊撃・捕手重視の野球観を持つ新治氏が「常に前向きな姿勢で野球に取り組む」吉田氏を高く評価していたのだろう。

ただ、その吉田氏は3度の監督時代に「天国と地獄」を見たと述懐した。人気球団であり、フロントに課題を持つ阪神の球団史そのものだ。

が、最近は随分変わってきている。昨年2位の実績があり、球団に支えられている和田監督には思い切った自分の野球を展開してもらいたい。

残りはほぼ30試合。今年の巨人は絶対的に強いとは思えないし、ヤマ場はもう一度やってくると思う。そのとき、今回の反省を力に変えて戦えるかどうかである。まさに監督としての力量が試される。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆