2019年ラグビーワールドカップ(W杯)や20年東京五輪・パラリンピックなどに向けて解体、改築される国立競技場が先月末、56年の歴史に幕を下ろした。国立はラグビーの歴史においても数々の名シーンが生まれた“聖地"。5月25日にアジア5カ国対抗の最終戦、日本―香港が最後のスポーツ大会として開催され、31日のお別れイベントでも往年の選手による「レジェンドマッチ」が行われた。二つのイベントを通して感じたのは、日本ラグビー界の全盛期の熱気と現在の低迷ぶりの違いだった。

31日、締めを飾ったのは早大と明大のOBによる「早明戦」だった。年代別で対戦したが、中でも明大の吉田義人さん、早大の清宮克幸さん、堀越正己さんらがそろった40代同士の試合は大きな声援を浴びた。

終盤、早大の背番号「11」の選手がトライ後のゴールキックで助走するために後ろに下がった時、「イーチ、ニー、サーン…」とスタンドから声が上がった。1987年12月の「雪の早明戦」に1年生で出場するなど人気を集めた今泉清さん(46)が現役時代、プレースキックをする時におなじみだった掛け声だ。実はこのレジェンドマッチでは、早大チームには「11」をつけた選手がグラウンドに2人いた。今泉さんと、元日本代表で活躍した増保輝則さん。少し前にオーロラ・ビジョンで増保さんが映し出されたからか、ゴールキックを決めた直後のアナウンスでは「増保」とコールされた。だが、正解は今泉さん。当時に比べて太めの体形になったものの、ファンはよく分かっていた。

「イーチ…」の掛け声は今泉さんが大学1年の時、早慶戦で受けた相手ファンのやじから始まったという。「一向にやめてくれないから、だったら自分を応援してくれる声だと思って…」と開き直り、その姿にファンも乗った。観衆を味方につけたルーキーは、その後の早明戦や翌年1月の日本選手権で重要なキックを決め、一躍スター選手となった。

今泉さんはレジェンドマッチに向けて早大で練習したが、ことごとくキックが決まらず、現役学生からからかわれたそうだ。それが、この“国立最後のキック"で左サイドからの難しい角度をど真ん中に決めてみせた。「僕は国立で一人前の選手にしてもらった」。多くのファンの声援に支えられて成長した、記憶に残る選手だった。

一方、25日の日本代表戦は観客が伸び悩み、寂しさが残った。試合前のイベントでは2019人を集めて人文字をつくるはずだったが想定を下回り、子どもたち対象という制限をなくして人を呼び込み、さらに協会関係者も加わった。それでも、集まったのはわずか600人余り。事前の準備が不十分で、関係者によると、その一因には日本協会の財政状況の苦しさもあった。ある幹部は「僕らもじくじたる思いがある」と悔やんだ。

ラグビー人気はなかなか回復の兆しが見えない。W杯での勝利に20年以上も見放され、日本代表戦は観客減が指摘される。劇的な収入増は難しい一方、来年にW杯が控える15人制日本代表、さらには16年リオデジャネイロ五輪で実施される7人制男女代表、19年W杯日本大会を見据えた若手育成と、最も大事な強化費は増加の一途をたどる。日本ラグビー界はまさに正念場を迎えるが、寂しかった人文字は現在の苦境を象徴していた。

31日、イベントのフィナーレでは、バックスタンドに「SEE YOU IN 2019」の文字が浮かび上がった。20年東京五輪の盛り上がりに埋もれそうだが、新国立競技場では五輪よりひとあし先にラグビーW杯が行われる。5年後、生まれ変わった満員の国立競技場で、将来まで語り継がれるようなラグビーの名場面、名選手が誕生することを願っている。

渡辺匡(わたなべ・ただし)2002年共同通信入社。和歌山支局、大阪社会部などを経て11年から運動部。ラグビー、テニスなど担当。東京都出身。