ボールに関わる場面では、ほとんどが瞬発系。さらにフィジカルコンタクトの多いプレー特性を考えれば、サッカーという競技には、どうしてもケガという問題がつきまとう。ただ30人ぐらいの登録メンバーで11人もケガ人が出れば、チーム作りのやりくりはかなり厳しいものになるだろう。

ここ1カ月、リーグ戦で5試合続けて負けを喫していた名古屋グランパス。紅白戦もままならぬ状態のチームが、やっとの思いで久々の勝利を収めた。

今シーズン、チームは西野朗監督を新たに迎えた。開幕戦の清水エスパルス戦にこそ敗れたが、その後は3連勝と順調な立ち上がりを見せたかに思えた。しかし、満足なメンバーを組めないのでは、どんなに素晴らしい戦略があっても、それをピッチ上に表現することは難しい。ケガ人が続出したということは、ある意味で不可抗力の部分もあるだろうが、この尋常ではない人数の多さを考えれば少なからずコンディショニングに問題があったとも考えられる。

5連敗中で許したゴールは13点。名古屋敗戦の最大の要因は守備の崩壊だった。大武峻が抜けたことで、本来はボランチのダニルソンがセンターバックの代役を務めるなど厳しい状況。なかでも右サイドバックのポジションは、悩みの種だった。

今シーズン、西野監督が右サイドバックで起用した選手は田鍋陵太、刀根亮輔、牟田雄祐の3選手。そのことごとくがケガのため離脱していった。そして第8節から苦肉の策でこのポジションに起用されたのが、第7節までわずか45分間しかプレーしていなかった、矢野貴章だった。

岡田武史監督が率いた2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会のメンバー。矢野の本来のポジションはCF、もしくはウイングだが、岡田監督が日本代表の戦力として考えたのは、攻撃力よりもむしろ守備力だったのではないだろうか。当時、アルビレックス新潟に所属した矢野のポジションは3トップの右サイド。ライン際を自陣まで戻り、献身的な守備を見せていたのが印象に残る。事実、W杯のカメルーン戦で起用されたのは、1点をリードした終盤での守備固め。前線からのチェイスと高さを生かした守備で1-0の勝利に貢献している。

確かにFWの守備と最終ラインでの守備は、相手に対してのポジション取りや走るライン取りも違う。ただ急造のサイドバックとしては想像以上の出来。関係者も「3試合目にして、やっとこなれてきた」というFC東京戦での矢野のプレーだった。

185センチの長身からの長いリーチを生かしたスライディングタックルは、「抜けた」と思うボールを何度もからめ捕った。さらにボールを奪った後の前方への推進力は、守備重視のサイドバックには見られない迫力。得点にこそ結びつかなかったが、右サイドから数多くのクロスを送り込んだ。

その矢野が本来の点取り屋の素顔をのぞかせたのは、後半が始まって早々の3分だった。名古屋の右CK。小川佳純のキックに合わせ、中央からニアポスト方向に走り込んでのヘディングシュート。「ボールとタイミングがよかった」というフィニッシュは、マークする183センチの東京MF高橋秀人から頭一つ抜け出した高さから打ち下ろされた。

GK楢崎正剛の好守もあったが、今シーズン2度目となる無失点。1―0の僅差とはいえ、この勝利は名古屋からすれば喉から手が出るほど欲していた結果だった。その勝因の一つが矢野をサイドバックに起用するという英断だったのは間違いない。

試合後、矢野は慣れないポジションにも「そのポジションで出ていたら、そのポジションの仕事をしなければならない」と割り切った様子。そして意識は完全にDFのものだった。「とにかく失点しないことに気を使った。そのなかでボールを動かして逆サイドで出ていければいいと思っていた」と話していた。

一試合に勝利を収めたからといって、名古屋はまだまだ安心できないだろう。西野監督も「結果が出せないゲームが続いていたが、なんとかしのぎ切り結果を出せた。今後の試合に変化をもたらせるのではないか」と語っていたが、今後の課題について問われると、「課題はあり過ぎて」と苦笑いしていた。

ただ少なくとも6試合ぶりの勝利は、チームに漂っていた重苦しい空気を取り払ったことは間違いない。故障者が戻ってきたとき、新たに見いだされたオプション。右サイドバックの矢野の起用法について、今後とも注目したい。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている