プロ野球に限らずスポーツにおいて監督の持つ影響力は大きい。成績が振るわない時、現状を打破したい時など、さまざまな理由でトップが入れ替わる。

ここ5年間、リーグ優勝から遠ざかっている西武もその一つだ。球団はOBで2002、03年に指揮を執ったことのある伊原春樹監督(65)を迎えて今シーズンをスタートさせた。常勝軍団復活を託された指揮官は就任早々「優勝を目指すのではなく、必ず優勝する」と熱っぽく選手に呼びかけた。

マスコミ受けするキャラクターの持ち主や現役時代の輝かしい実績を誇る監督が多い中、失礼を承知で言えば伊原監督は地味な存在と言える。選手としては西武の前身の西鉄に入団し、太平洋クラブ、クラウンライター、西武と幾度も球団が身売りされた時代を過ごした。西鉄時代の1972年に118試合に出場したのが最多で華やかさとは無縁の現役生活だった。その後、コーチになって才能を発揮。定位置の三塁コーチスボックスで、相手投手の癖を見抜いたり、的確な走塁の指示を出したりして、陰ながら西武の黄金時代を支えた。

厳しいコーチ、監督として有名で、11シーズンぶりの監督復帰に現場からは「鬼が戻ってくる」という声がささやかれた。そして常勝軍団復活へ数々の改革を断行した。まずは意識改革。秋季練習初日のミーティングでは選手に親会社の西武鉄道の初乗り料金を尋ね、運賃や入場料を支払って試合に来るファンの大切さを説いた。また、オープン戦で調子が上がらない選手には、震災で被害を受けて苦しむ人がいる中で、好きな野球ができる喜びを感じるよう教えた。当たり前と思っていることでも、口に出して明確に伝えるのと伝えないのでは聞き手の受け取り方は大きく違う。指揮官の前任時を知る主将の栗山外野手は「お父さん的な存在」と表現した。

選手の外見も様変わりした。茶髪や長髪、ひげを伸ばすことを禁止。外国人選手も特別扱いせず、長いあごひげがトレードマークだったウィリアムス投手も泣く泣く自慢のひげをそり落とした。さらに各球団で見られるだぼだぼのユニホームを排除し、ズボンの丈はスパイクが見える長さに定めた。今ではストッキングを見せる昔ながらのスタイルの選手が増え、逆にそれが新鮮さを生んでいる。

一方で、時代の流れとともに選手の性格や価値観が変わってきていることも事実だろう。特に20代の若い選手が多い西武では、10年以上前に通じたやり方がそのまま受け入れられるとは限らない。渡辺前監督の時のような自由奔放で自主性に任せるスタイルから、厳しく管理するスタイルへの転換は大きなリスクをはらんでいると言える。実際に伊原監督から指導を受けたある選手は「なかなか思うようにいかない。トップが変わるとこうも変わるんですね」とやや困惑していた。

開幕の前日、指揮官は「選手との戦いが始まる」と言った。もちろん監督と選手が敵同士で戦うということではない。選手に気を配り、時にサポートし、やる気を起こしてチームをまとめ上げることが戦いという意味だ。「グラウンドのことだけじゃない。家庭のこともある。誰が見るの? 監督しかいないでしょ」。その言葉はまさに家庭を守る父親そのものだ。

3月28日に開幕したペナントレースはいきなり3連敗するなど苦しい戦いを強いられている。山あり谷ありの長いシーズンは始まったばかり。“お父さん"はどのように“息子たち"の力を引き出し、強い“家族"にしていくのか。その手腕に注目しながらチームの戦いぶりを見ていこうと思う。

上地安理(うえち・あんり)1980年東京都生まれ。他業種を経て2006年に入社。大阪支社、名古屋支社でアマチュア野球、プロ野球などを担当し、13年から本社運動部でプロ野球西武を担当。