4月12日の札幌ドームで、岩手・花巻東高の先輩と後輩が投げ合った。

西武・菊池雄星と日本ハム・大谷翔平で、プロ2年目の大谷がプロ5年目の菊池に投げ勝った。

今年も「二刀流」に挑んでいる大谷は今季2試合目の登板で6回途中まで投げ6安打1失点、プロ入り最多の10奪三振で初勝利を挙げ、昨年、9勝をマークしてローテーション入りした菊池は6回3失点で今季3連敗となった。

高校時代は二人とも東北の“怪物"と呼ばれた。菊池は2009年のセンバツ大会で東北勢初の甲子園制覇まであと1勝(長崎・清峰高に0―1で敗戦)とした実力が評価され、その年のドラフト会議で西武や阪神、楽天など6球団が指名した。

この準優勝投手にあこがれて花巻東高に入学したのが大谷だった。大谷は2年前の夏の県大会で高校生では最速といわれた160キロを投げたことで、日米両球界が注目するところとなった。

菊池が184センチの左腕から繰り出す切れのいい球が武器なら、大谷は193センチの長身から投げ下ろす速球ばかりか、その打力は捨てがたい魅力がある。今年の開幕戦では3番を打ったほどだ。

▽4年目で開花した菊池

大谷はプロ1年目から1軍でプレーしている。昨年は打者として77試合に出場して45安打、3本塁打、20打点。投手としては13試合に登板して61回3分の2を投げ46奪三振で3勝して負けなしだった。

この投手と打者の二刀流に評論家からは「どちらかに決めた方がいい」と指摘されているが、本人はまだ結論を出していない。まだ2年目だし、自分が納得する形でないと、まさに中途半端になってしまう。

菊池はプロ1年目こそ2軍暮らしだったが、2、3年目に各4勝と徐々に力を付けていた。

昨年6月の中日戦では9回1死までノーヒットノーランをやるなど活躍してオールスター戦にも選ばれたが、後半戦は左肩の故障で登板はなかった。

菊池は読書好き「体の仕組み」や「スポーツと脳科学」などさまざまな本を読んでいる勉強家でもある。

菊池は2軍時代にコーチとの間にトラブルを起こしたと言われているが、たぶん頭から押さえつけられたことへの反発があったと思う。こうした人間は問題意識が強く、長所を伸ばしてやることこそ肝心なのだ。

▽2人とも「メジャーでやりたい」

高校では入れ替わりで一緒にプレーすることはなかった。ただ、大谷は高校時代に監督から事あるごとに「雄星はこうやっていたぞ」と刺激を受け続けてきた。

だからと言うわけではないだろうが、大谷は高校からの直接メジャー挑戦を打ち出した。菊池のプロ入り時のことを知っていたに違いない。

高校3年の菊池はドラフト会議を前にしてメジャー8球団と面談している。「話を聞いてますます迷う。しかし、今の自分の力では通用しないと思った。みんなに認められてから行こうと思う」と、迷った末に日本のプロ野球を選んだのである。

大谷はドラフト会議を前にして、記者会見で「メジャーへ挑戦したい」と発表している。菊池のときより明確に米国行きを公言したことで、日本のほとんどの球団が指名を回避したほどだった。

敢然と1位指名した日本ハムの必死の説得で入団が決まったのは記憶に新しいところである。

いずれにしても、将来二人がメジャーへ行く日がくる可能性はあるだろう。二人にとってメジャーは子どものころから、日本プロ野球と同じように身近な存在だったといえよう。

テレビのチャンネルを回せばイチローや松井秀喜が目に飛び込んできた時代に育った、言ってみれば「メジャー世代」なのである。

▽「もし…」

大谷を見ながら、こんな想像をしてみた。「もし」大谷があのまま高校から米国に行き、「もし」2、3年でメジャーへ昇格し成功していたら、どうなったかと。

そうなれば、高校や大学野球の選手たちが、なだれを打つように直接海を渡ることになっただろう。

そのときこそ、日本プロ野球は大ピンチとなる。

社会人野球からメジャーへ行った田沢純一がいるが、今はまだダルビッシュ有や田中将大といった日本での成功者がメジャーへ行くパターンが主流である。そのことに、ほっとしている関係者はいるはずである。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆