プロ野球は3月28日に開幕するが、今シーズンは12球団が「日本プロ野球80周年」のワッペンをつけてプレーする。

巨人の前身である「大日本東京倶楽部」が誕生したのは1934(昭和9)年12月26日で、今年で巨人が球団創設80周年となり、日本のプロ野球がここからスタートしたからだ。

阪神(当時は大阪野球倶楽部)が産声を上げたのは翌年で、さらに1年後の36(昭和11)年から7球団のよるリーグ戦が始まっている。

80年の節目にプロ野球として次々とイベントでも繰り出すのかと思っていたら、そうでもない。巨人の球団80周年ではないかという“冷めた反応"も一部には聞こえるが、巨人や阪神が中心となってプロ野球の歴史をつくってきたのは事実である。

こうした節目にこそ、人気面で心配されるプロ野球の「将来像」を示してファンにアピールする絶好の機会にも思えるが、今のところ熊崎勝彦新コミッショナーからはそんな動きは見えてこない。球界全体が盛り上がりに欠けている気がしてならないのだ。

▽50周年には記念切手

1984年にプロ野球は「50周年」を大々的に祝っている。当時の下田武三コミッショナーは年初から準備を始め、11月19日に東京のホテルオークラで球団関係者をはじめ現役、OBら球界関係者、政府や各界代表者ら約400人を招いて記念式典を行った。

私も連盟担当記者として他のマスコミの人とともに招待され「50周年記念切手」をいただいた。「プロ野球創始者正力松太郎」「快速球投手沢村栄治」「強打者景浦将」が描かれた3枚1組の「60円切手」を今でも持っている。

あいさつした下田コミッショナーは「繁栄を遂げたわが国のプロ野球は現在のままで自然に発展の道を進み続けるものと楽観してはならない。重要な問題はプロ野球界の体質改善にある」と訴えたのが印象的だった。

この前の年は巨人に新興球団の西武が挑む日本シリーズが行われ、いまだに名勝負として語り継がれるなど、プロ野球は「国民的娯楽」として絶大な人気を誇っていた。

▽巨人頼みからの脱却

サッカーJリーグの登場、スポーツの多様化などでプロ野球の一人勝ちというわけにいかないのは仕方ないと思うが、プロ野球界が下田コミッショナーの指摘通り、その後どれだけ危機感を持ってやってきたかと思う。

例えばメジャーへ行ったスター選手たちの動向ばかりがクローズアップされ続ける現状に対して、日本球界がただ手をこまねいて見ているだけといった印象を持っているのは私だけではないだろう。

各球団独自がすべて運営するプロ野球の構造という難問はある。ただ、パ・リーグのように6球団が一体となった運営会社をつくって放送権やグッズ、チケット販売を共同で行うなど、リーグが運命共同体であるという取り組みも始まっている。

小久保裕紀監督の下に常設された代表チーム「侍ジャパン」をテコに、12球団が一緒に動き出そうとしている例もある。

巨人におんぶに抱っこでやってきたプロ野球が曲がり角に来ていることは、球界関係者の誰もが知っているが、そこからの脱却する手立てを持っていない。今こそ、ファンや選手に「夢を与えるプロ野球」を必死に模索する時ではないか。

求められるのはリーダーシップを持ったトップで、やはりコミッショナーの存在を抜きに、球界は改革できないと思っている。

▽幻だった米国での巨神戦

昨年、こんな新聞記事が目に飛び込んできた。「目指していた2014年の米本土での巨人と阪神の開幕戦開催が断念された」。米国でのプロ野球の試合開催は加藤良三コミッショナーが希望し、80周年を迎える巨人が主導していた。

ロサンゼルスとアナハイムで1試合ずつを予定していたが、「収益的なマイナスと日程的な負担も大きく、現地をリサーチした結果、現実的に厳しい」。往復の旅費などを含めて大幅な赤字が見込まれると判断された。

それはそうだろう。私は2年前、イチローがいたマリナーズの日本での開幕戦を東京ドームで見たが、ネット裏チケットは1万8000円もした。こんなお金を米国で取れるはずはないのだから。

ことは巨人や阪神だけの問題ではないと思った。球界全体で議論して、日本のプロ野球を世界にアピールするいい機会だというぐらいの構想で進められていると、誰もが考えただろう。しかし、そうではなかった。

ダイエー(現ソフトバンク)はかつて台湾で公式戦を開催しているが、この時も球団任せで球界の総意とは言い難かった。ここにプロ野球の構造や体質を見る思いがする。

巨人と阪神はプロ野球80周年の開幕戦で対戦する。そんな前哨戦みたいな試合が3月10日、三重県伊勢で行われた。そこは伝説の巨人・沢村栄治と“酒仙投手"阪神・西村幸生の出身地。巨人選手全員が沢村の背番号「14」、阪神は西村の「19」を付けてプレーした。

この歴史を感じさせるイベントも現地で盛り上がったが、どんな広がりを見せたのだろうか。コアなファン以外に活路を求めたいプロ野球界がもし“冷めて"いたとしたら、まさにピンチである。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆