ソチ・オリンピックの開催中だけに、プロ野球の各球団キャンプが大きく報道されないのは仕方ないだろう。そんな中で2月11日の巨人・宮崎キャンプには4万人を超すファンが詰め掛けた。

お目当ては長嶋茂雄・巨人終身名誉監督と松井秀喜氏の国民栄誉賞ツーショットだった。松井氏は今キャンプで臨時コーチを務めており、長嶋氏もキャンプ視察にやってきたのだ。

12年ぶりとなる“古巣復帰"の松井氏はキャンプイン当初「自分の経験した範囲の中で、選手にプラスになることがあれば伝えたい。特にこれからレギュラーを取る選手、若い選手に何か伝えたい」と話した。

選手に求められればアドバイスしたり、バッティング投手を務めたり、夜のミーティングでは巨人やヤンキースでの体験談を話した。13日に臨時コーチとして2週間の日程を終了したが、巨人ファンの「松井監督誕生」への期待は膨らんだことだろう。

ただ、松井氏は巨人のユニホームを着ることはなく球団のウインドブレーカーとジャージー姿で通した。このあたりはなにか「こだわり」があるのかどうか。松井一家は日本に帰って来ないといううわさがあったりするから、こうした細かいことも気になるのだ。この後、もう一つの古巣ヤンキースのキャンプでも臨時コーチをするそうだ。

▽森元総理が明かす裏話

松井氏が指導者への道を踏み出し、巨人・渡辺恒雄会長が熱望するように原辰徳監督の後任監督に就任するかどうかは分からない。

「自分にとっても有意義な2週間だった」との談話だけで今後を見通すのは無理というもの。まあ、松井氏に限らず人はなかなか本音を語らないものである上に、松井氏の意思の強さといったら、松井夫人や子どもなど家族を一切、表に出さないことでも見て取れる。

手元に一冊の本がある。昨年12月に出版された「日本政治のウラのウラ」(講談社刊)で森喜朗元総理大臣と評論家、田原総一朗氏の対談本である。

際どい政治の世界がずばり語られているが、その中に松井氏のことが、少しだけだが書かれている。森元総理と松井氏は石川県能美市の同郷出身で実家は500メートルほどしか離れていないそうで、その縁で森氏は松井後援会名誉会長をやっていた。

▽松井は三塁をやりたかった

森氏の本を簡単に紹介すると。「松井はもともと巨人ではなく阪神に行きたかったようでした」「松井は巨人にはすごく複雑なものがあったんです。ヤンキースに移籍後、日本に帰国しても一度も渡辺恒雄会長に挨拶に行っていない。渡辺さんも気にしていた。行くのが常識だと何度も言ったんですが」

「松井が巨人に入団したころは、長嶋監督とは合わなかったのかな。松井入団と同時期に巨人は三塁手の(長嶋)一茂をヤクルトから取った。松井は三塁をやりたかったが外野に回された」「巨人は(昔)長嶋とともに難波という大物三塁手を関西大学から入団させたが、飼い殺しにしています。一茂を入れたとき、それを思い出した。長嶋、松井の二人で国民栄誉賞をもらったとき、松井は大人だから師弟関係を強調していたが、昔を知っている者からすれば、なんとなく忸怩たる思いもする」「巨人の監督になってもらいたいが、それには日本に帰って選手と交流をうまく図るのが大事」

▽今後の動向に注目したい

スポーツマスコミが決して書かなかったことであろう。そこまで言っていいのかと思うぐらいの内容である。森元総理らしい歯に衣着せぬ物言いではあるが、すべては森氏が会話なりから感じたことが中心に書かれており、どこまで本当かは分からない。

森氏が松井氏の父親から「日本に絶対帰らないと言っているので説得してほしい」と頼まれたくだりがある。昨年9月に会ったとき「(松井は)帰る決意をしたようだが、もう少しアメリカでやりたいことがあると言っていた」と明かしている。

今回、巨人の臨時コーチを引き受け、実際にグラウンドで選手に接したことが、日本での本格的活動のスタートになるのかどうか。ファンもやきもきしていることだろう。

巨人ではどうしても“お客さん"扱いだったろうが、その点、この後のヤンキースではコーチ学のイロハを学べるチャンスがあるのではないだろうか。そう思いながら、今後の動向を注目するしか、手はなさそうだ。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆