所属チームではベンチを温める控え選手なのに、代表チームでは不動のレギュラー。そんなねじれた状況が、なんとか解消しそうだ。イングランドのサウサンプトンに所属する吉田麻也のことだ。

ロンドン五輪での活躍が認められ、オランダからイングランドのプレミアリーグに移籍。昨シーズンは31試合にフル出場し、レギュラーのポジションを確保していた。しかし、今シーズンはクロアチア代表のデヤン・ロブレンが加入したことで定位置を失い、試合に出場する機会を失っていた。

「ワールドカップを控えたこの時期に、試合に出場しなくて大丈夫なのか」

マンチェスター・ユナイテッドの香川真司にもいえることだが、多くの人が不安を感じていたのではないだろうか。

自らボールを持って能動的に仕掛ける攻撃の選手と違って、守備の選手、特にセンターバック(CB)は相手の動きに合わせてプレーしなければならない。スムーズなリアクションは、試合をこなすことで磨かれていく。

確かに動作そのものは、日常の練習でも習得できるだろう。ただプレーの癖を知っている同じチームの仲間とのマッチアップと、試合で初対面に近い選手を相手にするのではまったく違う。その意味で吉田が実戦から遠ざかることは、真剣勝負の試合勘を失う恐れがあり、日本代表にとってもかなり危機的な問題だった。

その吉田がチャンスをつかんだのは1月18日のサンダーランド戦。この試合でロブレンが負傷したことがきっかけだった。交代出場で久しぶりにピッチに立つと、次節のアーセナル戦から先発復帰。2月11日のハル・シティ戦まで公式戦5試合連続でフル出場を飾っている。

他人の不幸を喜ぶのは不謹慎かもしれない。ただプロ・スポーツの世界では、チームがそれなりの成績を収めていた場合、控えの選手がレギュラーポジションを手に入れるのは、ほとんどが負傷絡みだ。特にプレーに個人の自由がある程度認められる攻撃とは違い、守備の選手は約束事で縛られている。その組み合わせに新しい選手を入れることで、バランスを崩すことを、ほとんどの監督は嫌う。それを考えれば、吉田には運があったということだろう。

勝負はロブレンの故障が癒えて復帰するまでの時間だろう。全治8週間ということだが、そのなかで吉田が自分の存在をポチェッティーノ監督に、どのように認めさせるかが大事になってくる。

好材料はある。現在のサウサンプトンの調子が非常によいのだ。直近の公式戦で8試合を戦い5勝3分けの無敗。ポチェッティーノ監督もクラブのサイトで「われわれは非常に素晴らしいパフォーマンスを見せている。チームは正しい道を進んでいる」と自画自賛するくらいだ。リーグの順位も8位と、このチームにしては上出来ともいえる位置にいるのだ。

良いタイミングで、良いチーム状態の中に入っていくことができた。吉田が先発に復帰して戦ったリーグ戦は4試合。第23節で首位のアーセナルに2―2で引き分けると、第24節のフラム戦は3―0の完封勝ち。第25節のストークを相手に2点を奪われたのは、CBのポジションからすればあまり印象は良くなかったが、それでも2―2で引き分け。第26節のハル・シティ戦では、再び1―0の完封勝利に貢献している。

負けないチームの一員であることは、いまの吉田にとってなによりも大きい。負けていないチームの守備をいじる監督は、あまりいないからだ。幸いなことにサウサンプトンのリーグ戦での対戦相手は、今後も下位のチームが続く。吉田が高いパフォーマンスを発揮し続ければ、ロブレンの復帰後も真の意味でのレギュラー復帰は十分にあり得ることだ。

「チームに戻ってこられて本当に良かったし、プレーできて幸せ」

ハル・シティ戦後に伝わってくるコメントを見ると、吉田がこれまで以上にプレーすることの価値を見いだしたようにも思える。試合に出場できないという苦しい時期を乗り越えたことで、メンタルもさらにたくましくなったのではないだろうか。

6月12日からブラジルで開幕するワールドカップ。日本代表の成否のカギを握るポジションは、間違いなくCBだろう。不用意な失点をしているチームは、この大会では勝ち残ることはできない。前回の南アフリカ大会でのベスト16という成績も、中澤佑二、田中マルクス闘莉王の2CBなくして難しかったはずだ。

その意味で、チャンスのつかみ方はどうであれ、吉田が試合に出続けているということは価値がある。そのことを最も喜んでいるのは吉田本人とともに、ザッケローニ監督だろう。内田篤人のケガなど、欧州組の動向を見ていると心配なことも多い。そのなかで選手層に一番不安のあるCBのポジションで、吉田が復活したことは日本代表にとっての明るい話題であることは間違いないだろう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている