2013年のプロ野球を振り返る時、楽天の日本一はプロ野球界にとって大きな意味を持っていた。

なんと言っても、楽天は04年の球界再編騒動から生まれた新球団であり、球団創設9年目という比較的早い時期にリーグ優勝はおろか巨人を倒しての日本シリーズ制覇を成し遂げた。そこに価値がある。

楽天1年目の05年シーズンは38勝97敗1分けで、勝率はなんと2割8分1厘。近鉄・オリックス合併で残れなかった選手を中心に集めた球団で、他球団からの有力な選手を拠出してもらえる特典もなかった。

球界はこぞって1リーグ制へ向かっていて「2リーグ制存続」を求めるボールファンや社会の後押しが生んだ新球団だっただけに、苦戦するのは当然だった。

そうして見ると、今年の大躍進の中心にいた田中将大投手を獲得できた「ドラフト制度」は、球団の戦力アップに大いに貢献したことになる。では、現在のようなくじ引きではなく下位球団から指名できる完全ウエーバー制なら、もっと各球団の戦力均等化を図れる、と考えたくなる。

実際、04年の球界では再編を議論する中でウエーバー制への移行も話に出ていた。今でも惜しいことをしたなと思う。

▽低迷する球団は参考にすべき

楽天のように球団を新しく持ったり、また本拠地移転を球団強化のきっかけにするケースは多い。

1979年から球団経営に乗り出した西武は4年目でリーグ優勝、日本一となった。弱小ライオンズがこれだけ短期間で強くなり、その後、黄金時代を築いたのは球史に残る事例だが、ダイエー(現ソフトバンク)は89年に球団を持ち、11年後に王貞治監督で初優勝(日本一も)した。日本ハムは04年に東京から札幌に本拠地を移し、2年後にヒルマン監督で日本一。ロッテは92年に川崎から千葉に移り、こちらは05年に優勝した。

近鉄と一緒になった新生オリックスは08年に2位となったのが最高順位。旧オリックスが95、96年にリーグ連覇し、近鉄が01年に優勝して以来、勝てていない。

横浜からDeNAとなって2年目の中畑清監督も昨年の最下位に続き5位と、まだ浮上できていない。もちろん、過去の例を見るまでもなく、監督一人で勝敗を左右できるほど単純ではなく、球団がフロントにも人材を得て初めて球団は強くなる。お金もいる。しかし、楽天が地元・東北に与えた感動を考えれば、プロ野球の持つ力は再認識されたに違いない。

▽プロ野球再生は地方から

日本のプロ野球の成り立ちは、少々特異と言えそうだ。米国プロ野球は1860年以降、あるプロチームの成功から「各都市」がプロ球団を誕生させていった。

日本では、国民の娯楽として企業がプロ野球チームを持つようになった。新聞社、鉄道会社、映画会社など。中でも鉄道会社は自社の沿線開発と沿線住民への利益還元が目的だった。だから一時期、関西には阪神、阪急、近鉄、南海と4球団がひしめき合う結果となった。

これでは、フランチャイズもなにもあったものではなかった。経営的に見ても淘汰されるのは当然だった。

地域に根ざさず、親会社の宣伝・広告の役割を果たすのが日本のプロ野球の姿である。これでは、球団独自の独立採算制などの経営努力は不要となる。

その結果が12球団の「運命共同体」としての意識を持てないでいる。地方にすれば、プロスポーツのチームを持つことで、大いに活性化の一助となる。そうした中でプロ野球はどうすべきか。こうした大きなビジョンを描ける発想こそが、今のプロ野球界に求められているような気がする。

▽新コミッショナーの仕事

プロ野球は現在空位となっているコミッショナーの人選を進めている。誰であろうと、早く決めた方がいいと思う。というのは、20年東京オリンピック開催が決まったことで、野球と女子ソフトボールの復活が現実味を帯びてきた。つい先日も、全日本野球協会の幹部が日本野球機構(NPB)に五輪競技復帰への協力を要請した。

本来、プロ野球も先頭に立ってメジャーなどに働きかけるなど活動すべきなのだ。新しいコミッショナーは国際的な視野を持った人物がいいと思っている。

先の球団強化ではないが、きっかけをしっかり捉えて野球人気を取り返し、同時にプロ野球も潤う。こうした新しい感覚を持った経営のやり方を、楽天や日本ハムなどに感じるのは私だけではないだろう。大いに「球界地図を塗り替えてもらいたい」と、楽天の優勝を振り返りながら思っている。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆