中立の立場で物事を見て、感情移入せずに客観的に記事を書く。入社する前は記者に対してそんな理想像を持っていた。入社して間もなくして現実はそうではないと気づかされたが、4年目の今でもその理想と現実の葛藤が続いている。

8日、東京・国立競技場で行われたJ1昇格の最後の一枠を争うプレーオフ決勝。担当して3年になる京都が念願のJ1復帰まであと一歩のところまで来た。会場入りし、2012年1月1日の天皇杯決勝をふと思い出した。リーグ戦で苦戦したチームが天皇杯で快進撃し、J1チームも退けて決勝の舞台に立った。凍えるような寒さの中、選手は力を出し切ったが、FC東京に敗れて準優勝に終わった。試合後の選手の悔しそうな表情や言葉の記憶が一気に蘇ってきた。

京都は昨年のリーグ終盤で失速し、自力での昇格を逃して3位だった。初実施のプレーオフでは6位の大分に0―4と大敗し、シーズンを屈辱的な形で終えた。ことしこそは勝って終わりたい、昇格したいという選手の強い思いは事前の取材でも痛いほど伝わってきた。だからなのか、試合開始の時間が刻々と迫り、私まで変な緊張を感じてずっと会場をうろうろした。以前上司から「取材対象に思い入れが強すぎると原稿が書けなくなる」と言われたことがある。感情移入してしまうと冷静に何を書かなければいけないのかの判断ができなくなるためで、入社して1、2年の時はよくあった。その言葉を頭で分かっていても、今回は平静を保てなかった。正直に認めるが、ことしこそは京都がJ1に行ってほしいと切に願っていた自分がいた。

京都府城陽市にある京都のクラブハウスにいつ行っても、温かく迎えてくれた。選手とはサッカーや趣味の話で盛り上がり、取材の回数を重ねていくうちに親近感や情が湧いてきた。大木武監督に初めてあいさつさせてもらったときは難しい性格かなと構えたが、サッカーをこよなく愛する人だと徐々に分かるようになった。「器用じゃないから一緒に仕事ができると思った」という祖母井秀隆GMの言葉通り、どこかサッカー以外のことでは不器用にうつる一面もあったが、そんなところもまた魅力に思えた。独特の言い回しや例え方をすることが多く、質問しても予想していた言葉が返ってくることはほとんどなかった。記者の想像の域を超える回答にはいつも新しい発見があった。

京都はいつしか思い入れの強いチームになった。結果は0―2。引き分け以上でも昇格が決まった試合で、どこかチームの歯車が狂っていた。歓喜に沸く徳島の選手とは対照的に、泣き崩れ呆然と立ち尽くす京都の選手を見ているのはつらかった。

仕事として取材する以上、どんなに感情移入してもどこかでバランスを整えなければいけない。試合終了直後は喜ぶ徳島サポーターのコメントを取りに行くことになった。心の底から喜ぶ姿を記事にしっかり反映させなければ、と切り替えて取り組んだ。徳島にとっても、四国勢として初のJ1という快挙が懸かった一戦だった。両チームの思いを知ることで自分自身も中立の立場に立つことができた。

記者もしょせん人間。人と密に関わっていく以上は感情もこもるし、バランス感覚を失うことだってある。それをコントロールしていかなければと思う反面、きっとこの先も似た状況に出くわした時はまた感情に支配され、それを受け入れてしまう自分がいるのだろう。葛藤はまだまだ終わらないようだ。

星田 裕美子(ほしだ・ゆみこ)2010年に共同通信入社。同年12月から大阪運動部勤務。主に陸上、サッカー、アマ野球を担当。1986年生まれ。東京都出身。