今シーズンの国内で生まれたゴールのなかでも、最高級の美しい得点シーンだったのではないだろうか。個人の技術、マーカーとの駆け引き、そして語り尽くされたサッカーのセオリーを忠実に守った組織としての連係として。

現国立競技場での最後の一戦となるヤマザキナビスコカップ(ナビスコ杯)決勝。11月2日に行われた柏レイソルと浦和レッズの試合で生まれた唯一のゴールは、日本サッカーの聖地に名を刻むにふさわしいものだった。前半ロスタイムの47分。右サイドの藤田優人のクロスをヘッドで流し込んだ工藤壮人の決勝ゴール。その1点が生み出される過程で、さまざまな見どころが複雑に織り込まれていた。

始まりは左サイドのスローインからだった。ジョルジワグネルが入れたボールをクレオがリターン。この時点で浦和の選手たちの視線は浦和側から見ての右サイドに集中した。当然、逆サイドにはスペースができる。そこに進出した藤田にサイドチェンジのパスが通された。

ここでうまいなと思わされたのが、柏の点取り屋クレオと工藤の、ゴール前への進路の取り方だ。浦和の守備陣は、当然ボールホルダーである藤田がいる左サイドに視線を移す。この時点でクレオには平川忠亮、工藤には那須大亮のマンマークがついていた。だが柏の2人には駆け引きの巧みさがあった。一度、DFの前に姿をさらしながら、直後に背後に回り込みマーカーの視線から消えたのだ。

なぜサイドからの攻撃が有効か。これは小学生でも知っているセオリーだが、サイドにボールある場合、DFはボールとマークする相手を同時に目で追うことは不可能だ。DFがボールを見た瞬間に背後に回り込めば、簡単にフリーになれるのだ。

それにしても藤田の右サイドからのクロスは完璧の一言だった。体を通常のインステップキックの場合より、体を少し倒したストレート系の低く強いボール。かつて鹿島アントラーズのジョルジーニョやレオナルドが得意としていたキックだが、日本人選手でこのキックを使いこなす選手をあまり見たことがない。藤田はそれをこの大舞台で決勝点に結びつけたのだから、前半で退いたとはいえ、献身的な守備とともにMVP級の働きだった。

藤田のボールが空中にあるとき、もう一つの注目すべき点があった。マーカーの那須の背後に急激な進路変更で入り込んだ工藤の動きと同時に、クレオもまた平川の背後を取り那須の目の前に進出したプレーだ。那須自身が「1人で2人を見る形になった」というように、柏の二人がみせた幻惑の動きが浦和守備陣を完全に崩す形となった。

ファーに逃げて完全にフリーとなった工藤のヘディングシュート。GK山岸範宏の移動する重心の逆を取ったフィニッシュは、非の打ちどころがないものだった。逆に山岸にとっては気の毒な場面と言えただろう。

1点を争うカップファイナル。シュートシーンこそ多くはなかったが、張り詰めた空気が最後までスタジアムを包み、見応えのある試合だった。そのなかで思い知らされたのは、先日のU―17ワールドカップ(W杯)の日本対スウェーデンではないが、現実主義者が理想主義者を、またしても打ち破ったという事実だった。

昨年、そして今年のJリーグでもネルシーニョ監督率いる柏は、ペトロヴィッチ監督の浦和に4連敗を喫している。しかし、タイトルが懸った大一番では5人の主力メンバーを欠いても、結果的に手堅く勝ち切ってしまう。それはタイトルを取る監督と、そうでない監督の違いなのかもしれない。

サンフレッチェ広島時代にJ2での優勝はあるが、華麗な攻撃サッカーを掲げながらも8シーズンの指揮で日本での三大タイトル(J1リーグ、天皇杯、ナビスコカップ)をまだ一つも獲得していないペトロヴィチ監督。対するネルシーニョ監督は柏がJ1に昇格した3年で三つ目のタイトルだ。さらに、この3冠をはじめヴェルディ川崎(当時)でもJ1のステージ優勝を飾っている。どちらも優秀な監督であることは疑いないのだが、そこには結果という明らかな差がある。この違いは監督自身の持つ哲学の差なのだろう。

サッカーには大きく分けて次のような考え方がある。

(1)内容も伴っての勝利

(2)内容が良くなくても勝利する

(3)内容が良いなかでの敗戦

(4)内容が悪い敗戦

もちろん誰もが、理想とするのは(1)だろう。しかし、それを現実に実践できるのは、本当に地力のある限られたチームだけなのだ。なぜなら、サッカーには必ず相手というものがある。勝負が懸った試合では相手は必ずと言っていいほど、自分たちのストロングポイントを消しに来る。それを苦にしないチームは、世界にも数えるほどしかない。

このことを考えると、日本のサッカー界は、あまりにも誰もが(1)を求め過ぎて、(2)をないがしろにしているのではないだろうか。同じことは「自分たちのサッカーをする」と繰り返す現在の日本代表にも当てはまる。そもそも僕の目には、その自分たちのサッカーというものの最終目的がぼやけているのだが。

チームの誰もが幸福感に浸り、サポーターを喜ばせるのは良いサッカーよりもタイトルなのだ。そして(2)があることによって、はじめて(1)につながる。

それにしても、シーズン途中に辞任すると言いながら、それを撤回して手堅くタイトルを取ってしまうネルシーニョ。「とにかく私が選手に伝えたことを彼らが信じてくれた」というこの指揮官は、われわれの想像する以上の策士なのかもしれない。リアリストとは彼のような人を指すのだろう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている