ロンドン赴任から9カ月。欧州各地に取材に行き、主に日本選手の活躍を追ってきた。取材をする中で特に最近、「ランゲージ・バリア」の存在を実感する。直訳すれば「言葉の壁」。日本語は日本以外で公用語になっておらず、世界的には特殊な言語だ。その日本語を母語にする選手たちが、海外で戦う時、技術や環境に加えて、いや応なく言語の壁にもぶつかることになる。

7月に行われたゴルフの全英オープン選手権では松山英樹がスロープレーを注意され、1罰打を科された。その時に競技委員から警告を受けたが、松山は完全に内容を理解したとは言えない状況だったようだ。裁定したロイヤル・エンシェントクラブ(R&A)の担当者は「もし彼が、英語が苦手であったとしても、ここで戦う以上、それは考慮していられない」ときっぱり。あらためて“アウェーの厳しさ"を実感させられた。松山自身、最初は「英語が中途半端に分かって気になるぐらいなら、全然分からない方がいい」と語っていたが、最終日には「英語の勉強もしないといけない」と口にした。

8月の陸上の世界選手権では、心理面に与える影響も感じた。棒高跳びで自己タイの5メートル75を跳び、6位に入賞した山本聖途(中京大)は「ユニバーシアードで友達もでき、リラックスして試合に臨めた」と言った。かたことであっても英語で試合の前後に言葉を交わすことで、普段通りの力を発揮できたという。初の海外遠征だった1年前のロンドン五輪では「まったく他の選手の輪に入れなかった」と孤独を感じてペースをつかめず、記録なしに終わった選手だと聞いていただけに、その変貌ぶりに驚いた。

米大リーグの取材をした際に、サンフランシスコ・ジャイアンツに所属していた、現阪神の藪恵壹投手コーチは「通訳を付けないで何とかしようとした方が、選手としては成功する」と語っていた。「最初の1年で頑張れるかどうか。半年間何とか頑張れば、相手の言っていることは分かるようになる。そうすれば確認の質問ができるようになるから、残り半年で不自由しなくなる」と経験談を教えてくれた。個人スポーツと団体スポーツ、また置かれた環境によって違いはあるだろうが、周囲の人々も同じ人間である。直接コミュニケーションを取り、人となりや考えていることを伝え合えれば、競技の好成績にもつながるだろう。

わが身を振り返ってみる。英語の壁には、いまだに大苦戦している。特に締め切り時間ぎりぎりの記者会見などは、何度経験しても緊張する。私の原稿を処理するデスクは「その前に日本語もまだまだだぞ」と思っているに違いない。私も「ランゲージ・バリア」を越えなくては…。

日高 賢一郎(ひだか・けんいちろう)1976年生まれ。2001年共同通信社入社。大阪運動部、広島支局、東京運動部を経て13年からロンドン支局。 国内では主にプロ野球の広島、巨人などをカバー。 サッカーでは02年W杯でブラジル、11年女子W杯で日本といずれも優勝チームの取材を担当。昨年の五輪はなでしこの激闘を追った。